05.おしゃれ
「イレーネ様。本日はどんな装いにいたしましょう?」
軽めの朝食を終えた後、アメリアが嬉々とした表情で私の部屋にやってきた。
大きなクローゼットを開けると、そこには色とりどりのドレスが並んでいた。
光沢のあるシルク、ふわりと広がるチュール、上品な刺繍が施されたベルベット。
見ているだけでうっとりしてしまうほど、美しく華やかなものばかりだった。
「これ全部……私の?」
「もちろんでございます。旦那様がご用意されたものです」
私は思わずドレスの裾を指でなぞった。
今まで着ていた、くたびれた質素なドレスとはまるで別物。
やわらかなシルク、繊細な刺繍、裾にはきらめくレースがあしらわれている。
指先に伝わる滑らかな感触に、胸が高鳴った。
「どれも素敵ね……」
「本日はお出かけの予定がございますので、それに合う装いを選びましょう」
「お出かけ?」
「ええ、旦那様が、ぜひイレーネ様に街を案内してさしあげるようにと」
アルノルト様が、私を街へ――?
「旦那様もいらっしゃるの?」
「いいえ。旦那様はいませんが、私が案内いたします」
「そうなのね」
少し期待してしまったけれど、アメリアが案内してくれるのだってすごく嬉しい。
これまでは父の監視下にあり、自由にお出かけなんてできなかったから。
「それじゃあ、これなんてどうかしら? ……私には、ちょっと派手かな」
「そんなことありません。きっとイレーネ様によくお似合いになりますよ。着てみましょう」
私が選んだのは、淡いピンクのドレス。
裾にレースがあしらわれ、動くたびにふんわりと揺れるデザインだ。
こんなに可愛らしいドレスは、いつも妹のセリーナが着ていた。私も憧れはあったけど、父は私におしゃれをさせてくれることはなかった。
早速袖を通すと、アメリアが手際よく支度を進めてくれた。
「本当によくお似合いです。イレーネ様のシルバーピンクの御髪にもよくお似合いです」
「……ありがとう」
その後、髪もハーフアップにまとめてくれて、サイドに小さな花飾りが添えられた。
鏡に映る自分を見て、思わず息を呑む。
まるで、別人みたい。
ずっと道具のように扱われてきた私が、こんなふうにおしゃれを楽しめる日が来るなんて――。
「イレーネ様、とてもお美しいですよ」
「ふふ、嬉しいわ」
胸が弾むような気持ちで、私はアメリアとともに屋敷を出ようとして、ふと足を止めた。
「ねぇ、やっぱり旦那様も誘ってみていいかしら?」
「え? ……よろしいですが……おそらく来ないと思いますよ?」
「ええ、それでも一声だけ、かけてくるわ!」
ふわりとスカートの裾を翻して、私はアルノルト様の部屋の前に向かった。
ドレスのお礼を言いたい。彼が用意してくれたドレスを着た私を、見てほしい。
そう思ったのも、事実だった。
「旦那様?」
軽くノックをして声をかけると、扉の向こうから低い声が返ってきた。
「……どうした」
「これからアメリアと街へ出かけます。旦那様も、ご一緒にいかがですか?」
一瞬の沈黙に、私は扉を開こうとドアノブを握った。
けれど、その直後――。
「俺は行かない」
淡々とした声が返ってきて、私の手はぴたりと止まる。
「そうですか……お仕事中でしょうか?」
「ああ」
それだけ言うと、また静かになる。
まるで、話は終わったと言われたようだった。
せめてこの姿を見てほしかったな……。そう思い少しだけ肩を落とすけど、これで落ち込んではいられない。
「では、行ってきます!」
だから前を向いてそう声をかけると、再びアメリアの元へ駆け出した。
せっかくの機会だし、今日は思い切り楽しもう!