04.お風呂とマッサージ
夕食の余韻を味わいながら席を立つと、アメリアが優しく微笑みながら言った。
「それでは、湯浴みの準備が整っておりますので、お腹が落ち着かれましたらどうぞ、こちらへ」
案内されたのは、信じられないほど広い浴室だった。
天井は高く、大理石の床には繊細な模様が彫り込まれている。
壁には美しい彫刻が施され、淡い光を放つ魔道具のランプがやわらかな影を落としていた。
浴槽は私が泳げそうなほど大きく、お湯の表面には香り高い花びらが浮かべられている。
ほのかに甘く、落ち着いた香りがふんわりと漂い、心までほぐされるようだった。
「……すごい」
今まで入っていた小さな木桶のお風呂とは、まるで別世界。
恍惚とした気分でお湯に身を沈めると、じんわりと身体の芯まで温まっていった。
「イレーネ様、お加減はいかがですか?」
湯浴みを手伝ってくれるアメリアが、優しく髪を洗い、香油を馴染ませてくれる。
細くて傷んでいた髪が、するすると指通りなめらかになっていくのがわかる。
なんだか、夢みたい……。
お湯から上がると、次はオイルマッサージ。
温められた香りよいオイルが、優しく肌に塗りこまれていく。
アメリアの指先がゆっくりと筋肉をほぐし、気づけば心までとろけるようにリラックスしていた。
「……気持ちいい……」
「ふふ、よかったです」
あまりの心地よさに、思わず甘い吐息が漏れる。
今まで生きてきた中で、こんなに贅沢な時間を過ごしたことがあっただろうか。
バスローブを羽織ると、ふんわりと温かく、やわらかなタオルでそっと肌を拭かれる。
しっとりと潤った肌は、今までの自分のものとは思えないほど滑らかだった。
すっかり夢見心地になった私は、肌触りのよい高級シルクでできた寝衣に袖を通して初めて〝今夜〟のことを思い、ハッとした。
……もしかして、今夜はアルノルト様と寝るのかしら……?
いくら〝好きにしていい〟と言われていても、私は子供を産むためにここに嫁がされたのだ。
その役目だけは、果たさなければならないだろう。
ドキドキしながら案内された部屋――そこは、驚くほど広く、豪華な寝室だった。
「こちらがイレーネ様のお部屋でございます」
「……私の?」
自室? つまり、別々の部屋?
ふかふかの天蓋付きベッドに、分厚く暖かそうな毛布。
絹のカーテンが風にそよぎ、暖炉の火が静かに揺れている。
豪華すぎて、ここが本当に私の部屋なのか信じられない。
「お休みの準備はすべて整っておりますので、どうぞごゆっくりお休みくださいませ」
「あの、旦那様は……後ほどいらっしゃるのでしょうか?」
「いいえ。旦那様もご自分のお部屋でお休みになりますよ」
「……そう」
アメリアの言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
美しい所作で頭を下げて出ていく彼女を見送って、私は広すぎるベッドに腰を下ろし、ふぅ、と息を吐く。
「……ひとり、か」
美味しい食事に、贅沢なお風呂とマッサージ。
今までの私の生活とは比べものにならないほど幸せなはずなのに――胸の奥に、なんとも言えないそわそわとした気持ちが残る。
アルノルト様とは、結局夕食でも顔を合わせなかったし、今夜も別々の部屋で寝る。
距離が遠すぎて、まるで夫婦という実感がない。
本当にいいのかしら……でも、きっとアルノルト様がこういう関係を望んでいるのよね。
そう納得して、私はふわふわのベッドに身を沈めた。
「……本当に、好きに生きていいんだわ」
枕に顔を埋めると、シルクのさらりとした感触が心地よい。
どこからか香る花の匂いに包まれながら、私は静かに眠りについた。