03.美味しい食事
豪華な食事がずらりと並んだテーブルを前に、私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
焼き立てのパンに、芳醇なバター。じっくり煮込まれたスープからは、優しい香りが立ち上る。
大皿に盛られたロースト肉は艶々と輝き、黄金色のグレイビーソースがとろりと流れる。
彩り鮮やかな野菜の付け合わせも、見たこともないほど瑞々しくて美味しそう。
まるで夢みたいな光景だった。こんなご馳走を目の前にする日が来るなんて。
「イレーネ様のお口に合うとよろしいのですが」
控えめに声をかけるのは、今日から私のお世話をしてくれるというアメリア。
気づけば、何も言わずとも給仕たちが私のお皿に次々と料理を取り分けていた。
でも……本当にこんなに豪華な食事を私がいただいていいのかしら。
一瞬そう戸惑ってしまったけれど、私は好きに生きることに決めたのだと思い出す。
「……いただきます」
スプーンを持つ手に力が入る。
まずは、スープを一口――。
「……っ!」
まだあたたかい。優しい。美味しい。
舌の上で溶けるような野菜の甘みと、じんわり広がる滋味深い旨味。
たった一口で、心の奥まで温められるような気がした。
次に、ナイフを入れたロースト肉を頬張る。
驚くほどやわらかくて、噛むたびに肉汁が溢れ出し、香ばしい風味が鼻をくすぐる。
ほんのりと甘みのあるソースが肉の旨みを引き立て、噛むたびに幸せが口いっぱいに広がった。
「美味しい……!」
思わず、胸の内から感嘆の声が漏れた。
フォークが止まらない。次から次へと口に運ぶたび、心が満たされていく。
カリッと焼かれたパンにバターをたっぷり塗ってかじると、ふわりと鼻をくすぐる芳醇な香りに目を細める。
しゃきしゃきとしたサラダは新鮮で、甘みと瑞々しさが口に広がる。
噛みしめるたびに、何もかもが美味しくて、食べることが楽しくて――。
デザートに、甘酸っぱいソースのかかった焼きりんごまで平らげた頃には、もうお腹がはちきれそうだった。
「……こんなに食べたの、初めてだわ」
椅子にもたれかかりながら、しみじみと呟く。
食べることの幸せを、こんなにも感じたのは生まれて初めてだ。
これまで私は、家族と一緒に食事をとることもなく、最低限の食事しかしてこなかった。
私の父は、母を早くに亡くした後、後妻を迎えた。
その継母と、三つ年下の妹セリーナは、私をあからさまに邪魔者扱いしていた。
父も私のことを金儲けの道具としか思っていなかったから、稼いだお金で継母やセリーナにだけ豪華な食事をさせ、好きなものを買い与えていた。
私はいつも粗末な食事を与えられ、父たちが食べ終わった残り物が私の晩餐だった。
それでも、生きるためには食べるしかなかった。
父は、どうせすぐに死ぬ〝道具〟の私には、なんの思い入れもなかったのだろう。
これまで私は、ずっと我慢ばかりの毎日だった。
だけど。
こんなに美味しいものをお腹いっぱいになるまで食べられるなんて……幸せだわ。
アルノルト様は、本当に私に〝自由な暮らし〟を与えてくれるのね。
でも――。
「旦那様は、普段どこでお食事を?」
広い食堂に、大きなテーブル。たくさん並べられた食事。
でも、アルノルト様の席は、最初から空いたままだった。
どうやら彼は、私と一緒に食事をとるつもりはないらしい。
「旦那様はいつも、お部屋でお召し上がりになります」
「……そうなのね」
何気なく尋ねた質問に、アメリアは穏やかに微笑んだ。
こんなに美味しいご馳走を、一人で食べるなんてもったいない。
誰かと一緒に食べたら、もっと楽しくなるのに。
温かい料理、賑やかな会話、笑い声。
それらがあるだけで、食事は何倍も美味しくなるはず――。
うっすらと残っている、まだ母が生きていた頃の記憶を思い出し、アルノルト様はそれを知っているのだろうかと考えた。
「せっかくの美味しいご馳走なのに……」
こうして美味しい食事をいただけたのに、どこか寂しさを覚えて胸がちくりとした。