25.甘い眠りに誘われて(おまけの甘々SS)
その後のある日の甘々なSSです。
「はぁー」
日が西に傾き始める頃、俺は書斎の椅子で大きく息を吐いた。
目の前に広がるのは、山のように積まれた書類の束。
今日は確認すべき案件がやけに多く、朝からずっと机に張りついていた。
さっさと片付けてしまったほうがいいのだが――――無理だ。
どうしても、集中できない。
仕事が立て込んでいたせいで、今日はイレーネと昼食をともにできなかった。
それが、こんなにも寂しいものだとは、思わなかった。
「……イレーネに、会いたい」
今朝、「頑張ってくださいね」と笑顔で言ってくれた表情が、ずっと脳裏に焼き付いている。
たった半日会えなかっただけで、こんなにも恋しくなるなんて。
俺はもう、完全に彼女に骨抜きにされている。
「……少しだけ。ほんの一目、顔を見るだけだ」
思い立ったが最後、俺は椅子から立ち上がり、執務室を出た。
「旦那様? どちらに行かれるのです?」
「……ちょっと」
途中、廊下でアメリアとすれ違ったが、彼女の問いに適当に返事をして誤魔化した。
今の俺に必要なのは、仕事ではない。――イレーネだ。
彼女の部屋の前に着き、軽くノックをする。しかし、返事はない。
「……イレーネ? 入るぞ――」
留守だろうか? そう思いながら、そっと扉を開いてみると、微かな息遣いが聞こえてきた。
「……イレーネ?」
部屋の中央に置かれたソファに、イレーネが小さく丸まって、すやすやと眠っている。
読書の途中だったのだろう、滑り落ちたと思われる本が、床に伏せられている。
「読んでいるうちに、眠ってしまったのか……」
……なんて可愛いんだ。
こんなに愛おしい人が、目の前で無防備に眠っているなんて。
ゆっくりとすぐそばまで歩み寄り、膝をついて顔を覗き込む。
薄く色づいた頬。少し開いた唇。時折、微かに揺れるまつげ。
まるで、陽だまりの中で眠る、一輪の花のようだった。
俺はそっと、ベッドの隅に畳まれていた毛布を手に取り、彼女の身体に優しくかけてやった。
イレーネは小さく身じろぎ、毛布に頬を擦り寄せるようにして、また静かに寝息を立て始める。
「……起こしては、悪いな」
こんなにも近くにいるのに、触れることができないもどかしさ。
けれど、この安らかな眠りを守るためなら、どんな我慢だってできる気がした。
そのとき――。
「ん……」
彼女が、ふと薄く目を開けた。
しまった。あまりにも可愛すぎて、つい呼吸が荒くなってしまったか……!?
ぼんやりと俺を見つめる瞳が、ゆっくりと焦点を結ぶ。
そして、小さく唇が動いた。
「……旦那様?」
「ああ、俺だよ。起こしてしまったね」
イレーネは、まだ夢の中にいるような少し呆けた顔で、瞬きをした。
そして、そっと腕を伸ばし、俺の手に触れる。
「……これは、夢ですか……?」
「夢じゃない。君に会いたくて、つい来てしまった」
そう囁くと、彼女はふにゃりと笑った。
それは、まだ眠りの中にいる子供のような無防備な笑顔で――俺の胸を一瞬で射抜いた。
……可愛すぎる。
「ほんとに……? ふふ……来てくれて、うれしい……」
そう言って、彼女は俺の手を頬にあてがい、安心したように目を閉じる。
ぬくもりにほっとしたように、静かに吐かれた息が心地よくて、俺はもう、たまらなかった。
しかし――。
やがて、彼女のまつげがぴくりと震えたかと思うと、ぱちりと大きな目が開けられた。
「……っ!!」
目が合った瞬間、イレーネの顔が一気に真っ赤になる。
「わっ、私……寝てました!? あの、よだれとか、変な顔……してませんでした!? 起こしてくだされば……!」
「いや、とても可愛かった」
「えっ」
「とても可愛くて、起こす気にはなれなかった」
「……~~~っ!!」
イレーネは毛布に顔を埋め、耳まで真っ赤に染めて小さく身を縮めた。
恥ずかしさに耐えきれないというようなその姿が、たまらなく愛おしい。
俺はそっと毛布の端をめくり、彼女のやわらかな頬に、そっと唇を落とした。
「君が眠っていようと、起きていようと、俺は君に会いたくて仕方ないんだ。そういう病にかかってしまったらしい」
「……もう、ずるいです……旦那様」
顔を赤く染めたまま、小さく俺を睨み上げるイレーネ。
だが、その表情すら俺を高ぶらせていると、わかっているのだろうか?
そんなふうに見つめられたら、俺がどうしようもなくなることを。
ついに我慢できず、俺は彼女を抱きしめた。
小さな身体を優しく胸に引き寄せると、彼女の鼓動が、俺の心音と重なる。
この静かな幸せを、誰にも邪魔されたくない――。
「後でアメリアに怒られてしまうかもしれないが……どうでもいい」
「ふふ、私も叱られてしまうかもしれません。お昼寝のしすぎですって」
くすくすと笑うその声が、俺の心にとろけるように染み込む。
その笑顔一つで、世界が優しくなる気がした。
「……もう少し、こうしていよう。あと十分……いや、三十分」
「じゃあ、私も……もう少し甘えちゃいますね」
やわらかな毛布の下で、俺たちは静かに寄り添った。
言葉はいらない。
彼女の存在が、呼吸が、ぬくもりがそこにあるだけで、すべてを満たしてくれる。
この瞬間が、永遠になればいい――。
そう願ってしまうほど、愛おしく、甘やかな時間だった。
お読みいただきありがとうございます!
また思いついたら番外編書きたいと思いますのでブックマークはどうかそのままで!(*ˊᵕˋ*)
こちらは旦那様に毛布を奪われる話です(笑)
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