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23.終わらせたくない夜

 王宮を後にし、イレーネが「このまま王都に泊っていきたい」と言ったときは、少し驚いた。


 しかし今夜は本当に楽しそうにしている彼女の「外泊する夢」を叶えるために、俺は急遽宿を取った。もちろん、二部屋。


 人前に出ることには強い抵抗があったが、イレーネが隣にいてくれれば、俺はどんなことでもできるような気がした。

 彼女は強い。途中、妹から酷い言葉を投げられたときも、彼女は俺以上に勇ましかった。

 イレーネが俺と一緒にいることを望んでくれるなら、もう余計なことを考えるのはやめて、すべて叶えてやろう。そう、改めて心に決めた。



 湯を借りて、気持ちを落ち着けようと、俺は長めに風呂に浸かった。それでも胸のざわめきは消えなかったが。

 たとえ部屋は別でも、イレーネと二人きりの外泊に、多少の緊張があった。


 寝室は別々でも、寝る前にほんの少しでも、彼女と話ができないか……。


 そんな淡い期待を胸に部屋に戻ると――なんと、彼女は俺の寝室にいた。

 しかも微笑みながら、「夜這いにきました」と口にするイレーネに、俺の思考は一瞬停止した。


 その意味を理解するのに、随分時間がかかったように思えた。


 俺の呪いのことは、すべて話した。


 彼女の曾祖母のことも、俺の罪も、忌まわしい過去も、彼女を妻に迎えた理由も――すべて。


 だというのに、彼女は俺を拒まなかった。

 むしろ、俺を挑発するような目で見つめ、「好きな人に愛されてみたい」と、そう口にした。


 心に張り詰めていた何かが、その一言でほどけていくのを感じた。

 感情の堤防が、静かに崩れていく。


 イレーネが、俺を好き?


 それを理解した瞬間には――もう、限界だった。


 イレーネは、自分で来ておいて、「やっぱりいいです」と逃げようとした。しかし俺は、彼女の手首をそっと掴んで、胸の中へと抱き寄せた。


 彼女の温もりに、全身が震える。


 ――俺はずっと、こうしたいと願っていたのだ。


 何度夢に見たことか。けれど、望んではいけないと自分に言い聞かせてきた。


「もう嫌だというくらい、愛してやろう――」


 もう、何もかも吹っ切れたような気持ちになった。命の限り、彼女を(いつく)しむと、愛しぬくと、決めた。


 イレーネの細い腕が、震えながら俺の背をそっと抱く。拒まれてはいない。嫌ではないのだ。

 そう思うと、その温もりが痛いほど愛おしくて、切なくて。


 彼女の唇が触れた瞬間、胸の奥に火が灯ったように、俺の理性は溶けていった。

 ただ彼女が欲しくて、この瞬間だけは、ただ彼女を世界で一番幸せにしたくて――抱きしめる手に力が入った。


 甘く、熱く、やわらかな肌の感触。

 触れるたび、彼女が俺を信じてくれているとわかった。

 それが、どれほどの(ゆる)しで、どれほどの救いか。

 何度も何度も名前を呼びながら、俺は彼女を愛した。

 そして、一つの大きな賭けに出る。



「――もし俺の寿命を君に分けることができたなら……俺はどんな反動も受け入れる」



 声が、掠れそうだった。

 本当は、彼女を残していくのは嫌だ。俺が受けてきたのと同じ思いを、彼女にさせたくはない。


 だが、それでも――。


 俺は、彼女に生きてほしい。


 この世で一番優しくて、あたたかくて、美しい彼女に――。


 イレーネは俺の胸に顔を埋め、涙をこぼしながらこう言った。


「旦那様は、生きてください……私の分も、幸せに――」


 涙が頬を伝い落ちた。

 俺も泣いているのだと、しばらくして気づいた。


 愛しい。


 愛している。


 言葉ではとても足りないほどの想いが、熱い雫となってあふれ出したのだ。


 この命が尽きるまで、何度でも伝えたい――。



 夜は、静かに更けていった。


 彼女と二人、温もりを分け合いながら、幸せと切なさが胸いっぱいに満ちる。


 じんわりと熱く、優しい――永遠に終わらせたくない。


 そんな夜だった。



旦那様視点、次で終わります。

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