17.今日も好きなことをしよう
その後、手紙で父に私と同じ薔薇の花の痣が胸に現れたと聞いた。
それは鮮やかで美しく、そして絶望的な〝呪いの証〟。
あの人は、まさか自分自身がその呪いに蝕まれることになるとは思っていなかっただろう。
私が嫁いで一年が経っても、一向に子供ができないことに焦った父は、妹のセリーナに私と同じ力を授けようと、魔術を使ったようだ。
けれど禁忌とされている魔術は、やり方を間違えると恐ろしい代償があるもの――。
特別魔力が多いわけでも魔術師でもない父は、私や母とは比べ物にならないほどのスピードで薔薇の花びらを落とし、髪の色も抜け落ちているらしい。
どれだけお粗末な魔術を行ったのだろう。
彼が誰かを救うためにあの力を使うとは思えないから、ただ無様に、無為に、命が燃えているだけのはず。
〝助けてくれ〟と綴られた手紙の筆跡は、震えていた。滲んだインクが、どれほどの恐怖と絶望の中でこの手紙を書いたのかを雄弁に物語っている。
けれど残念ながら、私にはもうあの人を救うことはできない。
――いいえ、救うつもりもないけれど。
「大切な力を自分で手に入れることができたんだ――よかったではないか」
私の隣で、手紙を火にくべながらアルノルト様が呟いた。炎がゆっくりと紙を呑み込み、灰へと変えていく。
「……そうですね」
火の粉が舞うのを見つめながら、私は小さく頷いた。
「これからは残りの時間をかけて、彼自身の命が燃やされていくのだろうな」
「ええ」
それはまるで、静かに燃え広がる炎のように、じわじわと、確実に、逃れようのない苦痛とともに。
助けを求める声は誰にも届かず、ただ死に怯えながら、何もできずに朽ちていくのだ。
「君や母上に無理やり命の灯火を使わせ、その寿命を奪ってきた報いだ」
「……この力は、やはり呪いですね」
人を救うこともできる、素敵な力だと思ったこともあるけれど。
呪術は失敗すれば、見返りがあるもの。
そして力の使い方を間違えてきたその報いがようやく、父に訪れたのだ。
燃え尽きていく手紙を見届けながら、アルノルト様は満足そうに微笑む。
「さて、イレーネ。今日は何がしたい?」
その問いかけに、私は小さく微笑んだ。
「そうですねぇ……やりたいことは全部やり尽くしてしまいました」
「え? もう?」
するとアルノルト様は驚いたように目を見開き、次いで優しく私の頬に触れた。
「俺はまだまだ君とやりたいことがたくさんあるよ。まず君とシュネーと三人でピクニックに行って、それから二人きりで街にデートも行きたいし、同じ本を読んで感想を言い合いたい」
「旦那様……」
彼の瞳がやわらかく細められ、愛おしさが滲む。
「人と同じ時を過ごす喜びを教えてくれたのは、イレーネだ。君といろんなところに行って、いろんなことがしたい」
彼の声は深く甘く、まるで私を包み込むようだった。
ああ――私は本当に幸せだ。
「結婚式も挙げたいし、新婚旅行にも行きたいね」
「ふふ、そうですね」
楽しそうな彼の声に、自然と笑顔がこぼれる。
彼となら、どんな場所でも、どんな時間でも幸せでいられる気がした。
時間が過ぎるのがもどかしいほど、彼と過ごす毎分毎秒が貴重で愛おしく感じる。
――けれど、今の私にはたくさんの時間がある。
これから好きなだけ、彼と一緒に好きなことができるのだ。
手を伸ばすと、アルノルト様の指が絡まるように私の手を握った。
その温もりに、私の胸はじんとあたたかくなる。
「今日も好きなことをしよう」
穏やかな彼のその言葉が、私の心の奥深くまで響く。
過去はもう振り返らない。
私はアルノルト様と、これからを生きるのだ。
命の儚さを知る私たちだからこそ、これからの長い人生を大切に生きていける。
彼の手をぎゅっと握り、私は幸せを噛みしめるように微笑んだ。
空を見上げれば、雲の切れ間からやわらかな陽の光が差し込んでいる。
それはまるで、私たちの新しい未来を祝福するかのようだった。
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第2回SQEXノベル大賞の中間選考を通過しました!6,180作品中49作品だそうです!
ありがとうございます!
とても嬉しいので、近々旦那様視点の番外編を書きます!
ブックマークはどうかそのままでお願いします……!