15.長い夜に愛を知る
宿に着き、私たちは二部屋を取り、当然のように別々に分かれた。
けれどアルノルト様がお風呂に入っている間に、私は静かに彼の寝室を訪れる。
灯されたランプのあたたかな光が、揺れる影を壁に映し出していた。
「……何をしている」
湯上りの彼が、濡れた髪を拭きながら扉の前に立っていた。
私はゆっくりと振り返り、微笑む。
「旦那様、夜這いにきました」
「は?」
彼の目が驚きに見開かれる。
「子供は作らないと言っただろう!?」
私は震えそうになる足を一歩踏み出し、ぐっと彼を見上げた。
「あら、避妊の仕方も知らないのですか? 何十年も生きているわりに、旦那様はお子様ですね」
挑発するような私の言葉に、彼の眉がぴくりと動く。
「ふざけるな。俺から見れば、君のほうこそまだまだ子供だ」
その言葉に、私は唇を噛みしめ、少しだけ俯いた。
「そんなことありません」
「なんだ?」
「……やりたいことをやっていいと言ったではありませんか。私だって、一度くらい……好きな人に愛されてみたいです!」
震える声とともに、私はガウンを静かに滑らせた。
薄いネグリジェが身体の線を際立たせている。
心臓が、早鐘のように音を立てる。
「……好きな人?」
彼の低く深い声が、静かな室内に響いた。
「…………やっぱりいいです!! 旦那様は私のことを愛していませんし――!」
覚悟を決めてやってきたはずなのに、急に恥ずかしくなってきた私は、逃げるように背を向けた。
「待て」
けれどその瞬間、彼の手が私の腕を捕えた。
振り返ると、彼の視線が私の左胸に向けられた。
嫁いでからも、随分この力を使ってしまった。そこに刻まれた命の灯火は、もう散りかけている。
「君は、俺のことが好きなのか?」
真顔の彼の問いに、私は涙が滲むのを感じた。
震える唇で、なんとか声を絞り出す。
「……旦那様は、違うんですね」
私の顔を見て彼はふっと息を吐き、優しく私の頬に触れながら、微笑んだ。
「そんなわけないだろう――」
囁くような言葉とともに、彼に抱き寄せられたと思ったら、そのまま唇が塞がれた。
深く、優しく、けれどどこか切なさを滲ませて。
「……もう嫌だというくらい、愛してやろう」
熱を持った彼の声に、心が震える。
「……や、やっぱり、また今度に……」
「もう遅い」
彼の腕に包まれ、私はすべてを受け入れた。
彼の長い指が私の髪を梳く。頬をなぞり、唇に触れる。アルノルト様に触れられるたびに、私の心はほどけていく。
「――もし俺の寿命を君に分けることができたなら……俺はどんな反動も受け入れる」
「旦那様は、生きてください……私の分も、幸せに――」
彼の唇が私の首筋に触れ、ゆっくりと降りていく。
胸に咲いた薔薇の痣に触れられたとき、身体の奥にじんわりとした熱が広がった。
こんなに切なく、こんなに愛おしい時間があるなんて。
互いの温もりを感じ合いながら、私たちは深く愛し合い、長い夜が過ぎていった――。