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13.旦那様の呪い

 夢のような時間は、瞬く間に過ぎ去ってしまった。

 けれど、本当に一曲踊っただけですぐに帰ったわけではない。

 アルノルト様は、私の「あれが食べたい」「これを飲みたい」という願いに付き合ってくださり、王宮の広大な庭園をともに歩き、煌めく噴水を眺めながら、ゆっくりと時を過ごした。


 夜空には無数の星々が瞬き、噴水の水面に映る光はまるで宝石のようだった。

 冷たい夜風が肌を撫でると、彼はそっと自分の上着を肩にかけてくれた。その優しさに胸がじんわりと温まる。


 彼は私の気が済むまでそばにいてくれた。

 どこまでも優雅で、どこまでも私の心を満たしてくれる人。


 これ以上の幸せなんてあるのだろうか――そう思わずにはいられなかった。



 それから私たちは、再び馬車に乗り込んだ。


 転移魔法を使えばすぐに帰れるけれど、今日は王都に一泊していくことにした。

 これも、私の希望。アルノルト様と、外泊――そんな些細なことに心が浮き立つ自分に、思わず微笑んでしまう。


 宿へ向かう馬車の揺れが心地よく、窓の外を流れる夜の街並みが、夢の余韻のようにゆっくりと過ぎていく。


 そのとき、ふと静寂を破るように、アルノルト様が低く静かな声で語り始めた。


「イレーネ。君に話しておきたいことがある」

「なんでしょう?」


 彼は一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし、やがて静かに告げた。



「……俺には、長命の呪いがかけられている」



 不意の言葉に、私は息を呑んだ。


「長命の……呪い?」

「二十歳から数十年、俺はほとんど老いていない」

「え……」


 彼の告白に、思わずその顔をまじまじと見つめてしまう。

 無表情を装っているけれど、その奥にある苦しみが、痛いほど伝わってくる。


「父が永遠の命を求めたせいで、俺に呪いがかかった。禁忌とされている魔術は、やり方を間違えると恐ろしい代償を伴う」


 彼の声は淡々としているけれど、静かに沈んだ哀しみが滲んでいた。


「父は俺を犠牲にして、永遠の命を得ようとした。しかし魔術は失敗し、父は命を落とした。代わりに長命になったのは、俺だ。笑えるだろう?」


 そう言って、薄く笑う唇はどこか寂しげで、胸が締めつけられる。全然笑えない。


「呪いを解くことは……できないのでしょうか?」

「父のように、誰かを犠牲にするしかない。それに――」


 そこまで言って、彼は口を閉ざした。

 言葉にするのを躊躇っているように見える。


「それに?」

「……成功する保証もないんだ。失敗すれば、また誰かが死ぬことになる」

「そんな……」


 視線を外してそう告げるアルノルト様に、胸が痛む。


「父のように、俺が死ぬのは構わない。しかし、こんな思い、誰にもさせるわけにはいかない」


 彼は淡々と続ける。


「家族も、友も、皆、俺を残して先に逝った。幼子(おさなご)だったアメリアも、今ではすっかり婆やだ」

「……」


 アルノルト様の瞳の奥には、言葉では語り尽くせない孤独が広がっている。


「だから俺は誰とも関わらずに生きてきた。自分の寿命を終わらせることも許されない、孤独な存在として」


 彼の言葉が胸に刺さる。

 彼はどれほどの時間を、一人で過ごしてきたのだろうか。

 何十年もの間、どれだけの人を見送り、どれほどの喪失に耐えてきたのか。

 きっと私には、とてもわからないことだろう。


「気づけば俺は、〝人間らしさ〟というものすら、失っていたのかもしれない。しかし――イレーネ。君と過ごしているうちに、人の心を思い出した気がする。〝生きたい〟と願う心を」

「……旦那様」


 彼はまっすぐに私を見つめて、静かに語った。


「本当は俺も、君ともっと一緒に過ごしたかった。一緒に食事をとり、一緒に街に行き、シュネーとも三人で一緒に遊びたいと、思った」


 切なげに語られる言葉。私には「好きに生きろ」と言いながら、自分はこんなに我慢していたなんて。

 私は知っていたはずなのに。彼の視線には気づいていたのだから。


「これまで君の誘いを断って、すまなかった。だがわかってほしい。俺は君が嫌いなわけではなく、これ以上自分が君を求めてしまうようになるのが、怖かったんだ」


 私は息を呑む。いつもは力強いアルノルト様の声はかすかに震えていた。


 膝の上で組まれた彼の手に触れようとそっと手を伸ばし、指先が触れる前にきゅっと自分の手を握りしめる。


 ――私も、この方を残して先に逝く。それも、誰よりも早く。


 私だって、失う者の気持ちがわからないわけではない。母を亡くしたときは何も手につかなくなるほどの痛みを負った。

 だから、アルノルト様がこれまでにどれほどの大切な者を失ってきたのかを思うと……その恐怖は私の想像を超えるだろう。


 そんなことを考えていたとき、同時にふと、疑問がよぎった。



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