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11.最後のパーティー

 そして迎えた、パーティー当日。

 アルノルト様の転移魔法によって、王都まではあっという間だった。

 瞬きする間に、ひんやりとした空気が肌を撫で、辺境の地とは違う、華やかな香りが鼻をくすぐる。


 アメリアから聞いたけど、彼は日々忙しい執務をこなしているというのに、魔法の技術も、剣術の腕も、一流らしい。

 一体いつ、そんなものを身につけたのだろう? そんな時間がいつあったのか。

 生まれつきの天才なのだろうか。


 ますますずっと辺境の地にこもっているのがもったいないと思ってしまう。


 転移魔法が使える者は珍しいから、目立たぬよう王宮手前で馬車に乗り込んだ。


 今日は、私は「最後のパーティーだから」と、思い切り贅沢をさせてもらった。

 アメリアが最高級のドレスとアクセサリーを用意してくれて、髪の毛もお城のお姫様のように美しくセットしてもらった。


 繊細な刺繍が施されたドレスは、私の髪色、シルバーピンクから、アルノルト様の瞳の色の紫へとグラデーションがかった特注品。


 こんな姿になるのも、きっとこれが最初で最後――。


「どうですか、旦那様。少しは旦那様に釣り合う姿になったでしょうか?」


 馬車の中で、私は軽くスカートを広げてアルノルト様に問いかけた。

 彼は先ほどからずっと窓の外に目を向けていたけれど、私の言葉に一瞬だけ動きを止める。


「……元々、釣り合っていないとは思っていない」

「あら、それはどういう意味でしょう?」


 くすっと笑いながら覗き込むと、アルノルト様の頬がほんのりと赤く染まっていた。

 そんな彼も、今日は普段の地味な黒い服とは違い、格式ある正装を身にまとっている。


 深い紺色の礼服はまるで夜空のような色をしていて、クラバットの中央に付いたブローチは、私の瞳の色を連想させる琥珀色の宝石。

 長身の身体にぴたりと沿う仕立てのいい衣装は、彼のたくましさを際立たせている。


 元々整った顔立ちの彼が、こうして完璧に装うと――本当に素敵だわ。


「今日のパーティーで、たくさんの女性に声をかけられてしまうのでは……と考えると、私は少し妬けます」


 冗談めかして言うと、アルノルト様は一瞬きょとんとした後、微妙にぎこちない動作で視線を逸らし、ぼそりと呟く。


「君は……、何を言ってるんだ……」


 照れ隠しにそっぽを向く彼を見て、思わず微笑んでしまう。

 私の旦那様は強面のくせに、こんなふうに可愛らしいところがある。


 ――もっと、もっと彼のことを知りたい。


 そんな思いが心に芽生えていることに、私は気づかないふりをした。

 私には、そんな時間は残されていないのだから――。




 馬車を降り、会場に足を踏み入れた瞬間――人々の視線が一斉に私たちへと集まる。


『あれは誰?』

『なんて素敵な方なの……』

『一緒にいる女性も、とても美しい』


 そのほとんどはアルノルト様へ向けられたものだけど、中には私を褒める声もちらほら聞こえてきた。

 これまで、パーティーに参加させてもらえることもほとんどなかった。

 けれど――こうして着飾れば、私もなかなか捨てたもんじゃないかも?


 ……ああ、もっと、もっとこうしてアルノルト様といろいろなところに行きたいな。



「――お姉様?」


 彼の隣を歩きながら、ふと感傷に浸りそうになっていた私に、聞き慣れた声が届いた。


「……セリーナ」

「やっぱり、お姉様じゃないですか! 見違えましたね! 一体こんなところで何を――」


 高い天井のシャンデリアが煌めく広間。華やかな衣装に身を包んだ貴族たちが談笑する中、ひときわ目立つ濃いピンクのドレスが、ふわりと揺れながら近づいてくる。

 今日もリボンがたくさんついた、ふりふりのドレスに身を包んだセリーナが、キンとした甲高い声を上げながら私のもとへと駆け寄ってきたのだ。


 私を見て驚いた表情を浮かべた後、彼女の視線が隣にいるアルノルト様へと移り、ハッと息を呑むのがわかった。


「……お姉様、こちらの方は?」


 セリーナの頬がたちまち赤く染まり、目を輝かせている。


 ああ、この顔を何度見ただろう。

 彼女が〝欲しい〟ものを見つけたときの、あの独特の光を帯びた目――。


「紹介するわ。私の旦那様――アルノルト・シュテフェルド辺境伯様よ」

「えええっ!? この人が、あのシュテフェルド辺境伯様!?」


 セリーナが驚愕の声が上げる。

 無理もない。私たちは結婚式も挙げず、家族の顔合わせもしていなかったため、彼女が彼の顔を知っているわけがない。

 きっとセリーナも、世間の噂通りの年配の男性を想像していたのだろう。


 けれど、目の前にいる人はどうだ。

 高貴な佇まい、鍛え抜かれた体躯、どこか冷ややかでありながらも、隙のないその雰囲気。

 見た目は確かに若々しいのに、若者にはないような威厳も兼ね備えている。

 彼の存在そのものが、周囲の空気すら支配しているかのような威圧感を放っているのだ。


「旦那様、こちらは妹のセリーナです」

「セリーナ・ブラフィンです。アルノルト様、どうぞお見知りおきくださいませ!」


 セリーナはにこりと可愛らしく微笑み、優雅にスカートの裾を摘んだ。

 その仕草を見た瞬間、私の胸がざわついた。


 ――セリーナは、美しいものと権力が大好き。そして自分が欲しいと思ったものを、どんな手を使ってでも手に入れる。

 彼女の瞳に浮かぶ光を見て、私は確信した。


 セリーナは今、アルノルト様を「欲しい」と思ったのだ、と。


「セリーナは、今日は一人なの?」


 なんとか冷静さを保ちながら問いかけると、彼女は無邪気な笑顔で答えた。


「はいっ! 私は素敵な結婚相手を探しに来たのです。でも……アルノルト様ともっとお話したいですわ!」


 セリーナはぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、上目遣いでアルノルト様を見つめる。

 まるで子猫のような甘えた仕草。

 けれど、私にはその可愛らしさが、どこか猛毒のある蔦のように思えた。


 その甘えた視線に、嫌な記憶を呼び起こさせる――。


 これまでも、彼女はこうして私の大切なものを奪っていった。

 友人も、侍女も、父の少しの愛情すら。

 私は姉だからと我慢してきた。


 けれど、今度ばかりは違う。


 優しいアルノルト様がセリーナを無下にできず、彼女に奪われてしまったら……。

 そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられ、めまいがしそうになる。


「まさかあのシュテフェルド辺境伯様がこんなに素敵な方だったなんて。ふふ、お姉様は長くありませんし、私のほうが――」


 セリーナがそう言いながら、アルノルト様の腕にそっと手を伸ばした、その瞬間。


 ――ぱしっ。


「勝手に触らないでくれ。俺の妻は彼女……イレーネただ一人だ」

「え……っ」


 アルノルト様は冷静な声でそう言い放ち、セリーナの手を容赦なく弾いた。



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