表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

10.一生のお願いです

「――旦那様、私のお願いを聞いていただけますか?」


 その日、私はアルノルト様の部屋を訪れ、思い切って口を開いた。

 今の私に、怖いものなど何一つない。

 どうせもうすぐ死ぬのだ。そう思えば、〝呪われた辺境伯様〟にだって、なんでも言える。


「……なんだ」


 彼は書類から顔を上げ、無機質な声で返す。

 冷えた紫色の瞳が、静かにこちらを見つめる。

 広い机の上には、いくつもの書類が積まれていた。


「死ぬ前に、パーティーに行きたいのです。来週、王宮で開かれる舞踏会で、私をエスコートしてくださいませんか?」

「……パーティー、だと?」


 アルノルト様の表情が、わかりやすく険しくなる。

 彼が社交の場を苦手としていることは知っていた。だから、嫌がるとは思っていたけれど――私に折れる気はない。


「招待状はご覧になりましたか? シュテフェルド辺境伯として、顔を出したほうがいいと思います」

「断る。これまでも参加してこなかったが、問題はなかった。どうしても行きたいのなら、アメリアと行ってこい」

「妻のエスコートは、旦那様がするものです」


 言い切ると、アルノルト様の目がわずかに細められた。

 その視線は、まるで私の意図を探るかのように鋭い。


「……俺は行かない」


 アルノルト様は、そう言って再び書類に視線を落とした。

 ペンを取り、カリカリと紙の上を走らせる。

 その顔はまるで無関心を装っているようだけど、どこか不器用な頑なさを感じた。


 真面目に執務に励む彼は、世間で噂されているような怠惰で薄情な男ではない。

 余命わずかな私に好きなことをさせてくれる、優しい人。

 かと思えば、本当に好きなことばかりしている私を心配してくれる、あたたかい人。

 彼にも何か秘密があるようだけど、こんなに優しくて素敵な方が、ずっと誤解され続けてきたなんて――。


「お願いします。死ぬ前に、広い会場で思い切り踊ってみたいのです!」


 少しだけ感情を込め、彼の机に身を乗り出す。

 アルノルト様は小さく息を吐き、ペンを置いた。

 それでも黙ったまま、私のことを見つめる瞳には、確かに戸惑いが宿っていた。


「……」

「一生のお願いです!!」


 言葉に熱を込め、じっと彼を見つめる。

 すると彼は眉間を押さえ、わずかに肩を落とした。


「……はぁ」


 深く息を吐き、しばし沈黙が流れた後。


「……わかった。その代わり一度踊ったらすぐに帰るぞ」

「ありがとうございます!」


 根負けしたかのように頷くアルノルト様に、私は満面の笑みを向けた。

 その瞬間、彼の目がかすかに揺らぎ、すぐに視線を逸らされた。


 まるで私の笑顔を直視するのが恥ずかしいかのように。


 ……なんだか、可愛いかも。


 そんなことを思いながら、私は早速、舞踏会の準備を始めることにした。


 そうと決まれば、とびきりのドレスを用意しなくちゃ!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ