episode1 人生、預けてみない?
(あ、私死ぬのかな。)
単純にそう思った。
12月の寒さが体を刺す夜の21時30分。人通りもない静かな住宅街。
目の前には黒くて大きな物体が私の体を締め上げ、顔の真ん中にある一つ目がギロッとこちらを睨ける。横に裂けた大きな口を広げ、今にも頭からすっぽり呑みこまれてしまいそうだ。
(思えば何一ついいことのない16年間だったな…)
こんな訳のわからない状況にも関わらずなぜか頭はさえ、冷静に今までの人生を振り返る自分がいた。
物心ついた時から私は周りと違っていた。
周りの人には見えないものが見え、聞こえない声を聞くことができた。
それは今目の前にいるような、いかにも化け物のような形をしていたり、人や動物の形をしていたり。
それが一体何なのか私は知らない。
しかし、たまに見かけるそれは、目が合えば私を襲ってきたり、ついてきたり、私を振り回すばかりだった。
両親は見えないものが見える私を気味悪がった。
まだ小さい頃の私は、自分と同じ世界がみんなにも見えていると思っていた。
母親にそれの存在を初めて話した時、母親は泣き崩れ、異常なものを見るような、おぞましいものを見るような表情で私を見た。
あの表情が今でも頭にこびりついて離れない。
はじめてそれの話をしてからというもの、母親は私を家からだしてくれなくなった。
そんな母親も12歳の時に病気で他界。
父親はつい先日、他の女を作り家を出て行ってしまった。
振り回されるばかりの人生。この変な生き物にも。両親にも。
「もういっそ、死んでしまったほうが楽なのかも。」
ハハハと息も絶え絶え渇いた笑いがでる。
正直これまでいい思い出なんてあんまりない。
友達もいない。あっという間の人生だった。
あー今日誕生日だったな。
だからせっかくだしケーキでも食べようと思って寒い中外に繰り出したというのに。
なんだこれ。散々だ。
こんな状況なのに涙のひとつもでてきやしない。
寒さで感覚がなくなってきた手足とだんだん薄れる意識の中、足元に放り投げられたショートケーキと黒い人影が目にはいった。
ん?人影…?
「きみ、もうすぐ死にそうだね?
ーーーどうせ死ぬならさ、俺に人生預けてみない?」
ザリと地面の擦れる音と姿は見えなくても、にやついているような、笑っているような、やけに明るい男の人の声が聞こえた気がする。
そんな言葉を最後に私の意識はゆっくりと沈んでいった。