少年と過去④【レオ視点】
俺がやっと動けるようになった時、お父様はもう冷たくなっていた。ゆっくり立ち上がり、屋敷を見渡す。暗くなった屋敷に魔力を込めると明るくなった。
お父様が指を鳴らした時にこの屋敷全体にかけられた幻覚は消えたのだろう。血生臭い匂いが充満している。ふかふかのカーペットは血を含み、俺が歩くたびにベチャッと嫌な音がした。
もう一度、屋敷全てを見て回る。あんなに探していた使用人達はすぐ側にいた。至る所に血が飛び散っており、生きている人はいなかった。お父様は俺が帰ってくるまでずっと待っていたのだ。屋敷の人間が皆、死んでもなお一人で耐えたのだ。
──もう少し早ければ、俺も皆と一緒に……。
死ねたのに。という思考を振り払う。
ハウザー公爵の後継者が楽に死を考えるなんてダメだ。後継者としてこの状況をちゃんと考えなければ。俺しかいないんだから。皆、殺された。お父様も。
──あのお父様が殺された。
「お父様は魔族相手に魔法を使わなかった……?」
違和感がある。あのお父様が魔族にやられたと言うのは、おかしな話だ。仮に魔法を使わなかったとしてもお父様には剣術がある。その証拠にお父様は片手にお母様を抱きながらも側に剣があった。それに、人間すら入れない結界があるのに、魔族がこの屋敷に入れるのか……?
動きながらも思考は止めない。動物が皆を食べないように屋敷の外にいる人達を運ぶ。庭にいた庭師、馬の世話をしていた調教師、他にも掃除をしていた使用人、そして最後に帰宅した時には誰もいなかったはずの門番。
目の前にいたのに気付かなくてごめんなさい。と呟く。
バラバラにされている者や顔が潰されている者までできる限り集めた。一人ずつ数を数え、はっきりと誰が誰だかわからなかったが死んだ者の人数が屋敷の使用人の人数と一致したことを確認する。
「急がなきゃ……」
このことは皇室に伝えなければ。休む暇なんかない。自分の部屋に行き、血まみれの衣類を隠すようにマントだけ羽織ると外へと走る。一緒に帰って来た馬は門の外で俺のことを待っていた。その馬に再度、跨り皇室を目指す。
沢山、泣いた。喉が痛くなるほど叫んだ。大丈夫。俺はもう大丈夫。お父様とお母様の子供としてではなく、ハウザー家の当主として行動しなければ。
休むことなく馬を走らせた。思いの外、早く街に着き、馬を休ませる。あとは自分の足で歩いていくしか無い。
昼間ほど人は多いわけでは無いが夜も人は歩いている。血まみれの姿を見られるわけにもいかず、俺は人通りの多い表通りではなく、人通りの少ない裏通りを選び歩く。
『裏通りは歩いてはダメよ』
前にお母様と街に来た時のことを思い出す。
『人攫いが多いの』
『大丈夫です! 俺には魔法も剣術もありますから』
『人に魔法を使ってはダメよ』
あの日、お母様は確かに言った。『魔法で人を殺してしまうと魔族付きになるから』と──。どうして魔族付きになるのかなんてお母様は何で知っていたのだろう。
──ゴッ!
「ぐ……ッ!」
鈍い音と共に後頭部に鋭い痛みが走り、地面に倒れる。
「おー、やっと来たか」
「何時間も待った甲斐がありましたねぇ!」
男二人組が背後にいたらしい。気付かなかった自分が情けない。
「おっと、これ以上傷付けちゃダメと言われてるんだ」
背中に隠した短剣を取ろうとした腕を掴まれる。ぐへへ、と下品に笑う男に虫唾が走る。小汚い男二人に抑えつけらながら布を口元に当てられる。急いで息を止めるが少し匂いを嗅いでしまった。甘ったるい匂いがしたと思ったら目の前がぐるぐると回る。
「ほぇー、帽子被ってたからわかんなかったが、このガキ、ハウザー公爵のところのガキじゃねぇか。本当に髪が白いんだな」
「まさか、公爵家のガキとは思いませんでしたねぇ! 貴族のガキとは聞いてやしたけど」
まるで、俺がこの場所を通ることを知っていたかのような口ぶりだ。と遠のく意識の中思う。
バカでかい声で話す二人。他にもまだ楽しそうに話していたが段々と声が聞こえなくなっていった。