少年と過去③【レオ視点】
※流血表現がありますので苦手な方はご注意ください
リリアンヌとのお茶会は予想通りだった。
「私のことはリリーと呼んでくださいと言っているじゃないですか」
「叔母様みたいな恋愛結婚がしたいですわ。レオンハルト様のような方と結婚したいと思ってますの」
「レオンハルト様はいつ社交界デビューをしますの? そこで私との婚約発表なんてどうかしら」
俺の話など聞かず一方的な会話に適当に返事をする。リリアンヌと婚約する気はないので勘違いさせないように否定する部分は否定して。
一時間くらいしか経っていなかったのに数時間にも感じた。伯父がリリアンヌを迎えに来たことでお茶会は終わった。お茶会中、リリアンヌは理不尽にメイド達を責めたりしていたためその都度、リリアンヌを注意をしたが理不尽なお茶会に耐えたメイド達に感謝と謝罪をする。仕事だから感謝も謝罪もいらない、とメイド達には言われた。
「伯父様は何の用でしたか?」
「研究資金を増やして欲しいそうだ」
食事中、お父様に聞くと昼間話した内容を思い出したのか眉を顰める。
伯父の研究……、リリアンヌが言っていた。魔族について研究していると。魔族については謎の部分が多く、皇室も期待しているらしい。成果を上げれば階級を男爵から伯爵にすると語っていた。お父様は皇室の命令でもあるため伯父の研究資金の援助をしなければいけなかったはずだ。
「ごめんなさい、私のせいで」
「アンナのせいではないよ」
お母様が謝罪するとお父様は優しく否定する。
身内というだけで資金を援助しなければいけなく、そのためお父様の結界で伯父達を拒否することはできない。
* * * * * *
伯父が来てから二ヶ月経ったころ、俺は街に出ていた。
お父様と同じ髪と瞳の色は珍しく、隠すようにと帽子を被り、瞳の色を一時的に変える目薬を差す。お母様の誕生日が近いからサプライズをしたくて勉強と偽りお父様や使用人達に協力してもらった。
お父様直伝の剣術もあるので護衛もいらない。お母様とお揃いのピアスは追跡魔法がかけられているため部屋に置いて来た。一つずつ持っていると安心するとお母様は言っていた。多分、場所がわかるからだろう。お母様の瞳と同じ色の青いピアス。装飾物をあまり着けないお母様が大切にしているピアス。
何をプレゼントしようかと悩む。いつも笑顔で優しいお母様。公爵夫人にも関わらず使用人達と一緒に料理をしたり掃除をしたりしている。もちろん、お父様の補佐まで。
悩みに悩んでお母様に買ったものと言えば、お母様が大好きな紅茶の茶葉だ。装飾物はお父様からもらった指輪と俺とお揃いのピアスだけ。ハンカチなどはメイド達が刺繍してプレゼントする予定だと聞いた。花は庭師が、料理はキッチン担当が、執事達はペンをプレゼントするらしい。お父様は何をプレゼントするのだろうか。去年は別荘をプレゼントしていたな。
街を色々見てまわったのでそろそろ帰らなければお母様に抜け出したことがバレてしまう。お父様が怒られてしまう。
商店街から少し離れた場所に休ませた馬に跨り、屋敷を目指す。
この茶葉をプレゼントしたらお母様はきっと使用人にも振る舞うんだろうなと思い一番大きなサイズを買った。すぐに減る茶葉を見て寂しそうにするんだろうと。
「あれ……?」
屋敷に着いたが門番がいない。休憩時間なのか夕方になるので交代時間なのか。お父様の結界があるから門番不在でも問題はないと思うのだが……。
屋敷に入っても誰もいない。変だ。おかしい。執事長やメイド長、使用人達の名前を呼ぶが返事がない。皆、俺が出掛けているのがバレないようにお母様の気でもひいているのだろうか。
不思議に思いながらもプレゼントを隠すために自分の部屋へと入る。机に茶葉を置くとピアスが二つあることに気付いた。一つは俺のピアスで、もう一つはお母様の赤いピアスのはず……。それに青いピアスが徐々に赤くなっていることに気付く。
心が騒つく。嫌な予感がする。机の上にある二つのピアスを自分の耳に着け急いで部屋を出る。不自然なほど静かな廊下を走り、近くの部屋から順番に人を探していく。
誰もいない。最後に応接室の扉を開けるとそこには──。
「お父様!! お母様!!」
お母様を抱きながらテーブルに背を預けるお父様がいた。
「どうしたのですか! お父様!」
「……れ、おん」
「お母様は! この傷……ッ」
お父様の腕に抱かれているお母様の胸は真っ赤だった。これはもうダメだ、と確信した。お母様は死んだのだと。
「他の皆は、何が……」
声が震える。視界が涙で霞む。
──パチン。
お父様が震える手を上げて俺の耳元で指を鳴らす。
その瞬間、血の匂いがした。血の匂いだけじゃなく、俺自身が血に汚れている。
「っ、魔族、だ……、幻か、す…まなっ、ごほっ!」
お父様が咳き込むと血を吐いた。
魔族? 幻覚? 後ろを見ると、開けっ放しにしている扉の外には使用人達が血だらけで倒れていた。
首の無い者、四肢が無い者、五体満足でも顔が潰れている者。俺が誰もいないと思って歩いていた場所に皆はいたのだ。死体となって。血溜まりの中、俺は気付かず、走ったため使用人達の血が服に飛び跳ねていた。
「レオン、……あ、い、して……る」
ヒューヒューと荒い息を整えてお父様が最後に俺を見て言う。お母様かお父様自身の血かわからないが血まみれの手で俺の頬を撫でると力なく落ちた。
「お父様……? やだ、お父様! 起きて!!」
肩を揺すりながら叫ぶがもうお父様の瞳に光はない。魔法で止血していたのかお父様の首や腕から血が流れ始める。腹辺りも負傷しているのかお父様の腕の中にいるお母様のドレスがどんどん真っ赤に染まる。
俺はその日、人生で初めて吠えた。