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ヤンデレ公爵の大切な人  作者: よなぎ
第一章
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女と風邪【レオ視点】

 この家は居心地がいい。同じ空間に自分以外の人間がいるにも関わらず、だ。家主が最低限しか近寄らないからだろう。手当てする時しか俺に触れてこようとしない女。その痣も治ってきたのでもう触れることはないだろう。触れることはないが一緒の空間にはいる。これからも、そう思っていたのに──。


「ごめ、今日はこっち入って来ないで」


 枯れた声でそういうと女は寝室のドアを閉めた。

 朝から様子がおかしいと思った。フラフラしながら歩き、いつもはしないマスクをして冷蔵庫を漁ったと思えば袋に詰め込んだものを持って寝室へとこもってしまった。

 ドアの奥から苦しそうに咳き込む音が聞こえるが、入るなと言われてしまえば、俺にすることは何もない。


 俺はこの世界に来て次の日の夜に風邪をひいた。そりゃあ、あれだけ水浸しにされていたし、朝から買い物に連れて行かれ慣れない環境にストレスを感じたら熱も出るだろう。あの時、柚月は俺のそばにずっといたはずだ。心配そうに何度も俺の顔を覗き込み、優しく看病をしてくれた。両親が生きていた頃のように。


 この世界で俺ができることといえば、柚月を観察することだった。最初は監視の意味もあったけど、今はもうあまり意味のないことだと知っている。平和なこの国は奴隷制度もなければ魔獣もいない。魔法も使えない。何もない。ただ変な鉄の塊が道を走り、空を飛び、海に浮かんでいる。

 テレビというものは世界の情報を教えてくれるし、携帯というのは俺らの国の通信機みたいな役割もしつつ、調べればなんでもわかるらしい。でも、俺の国のことはわからなかった。そもそもそんな国はないと柚月に言われた。


 同じ家の中にいるはずなのに柚月が近くにいないだけで不安になってしまう。元の世界にいた時は一人の方が安心していたはずなのに。


「……柚月」


 入って来ないでと言われたが、ソファーで横になっても心配で眠れず、やることもないので寝室のドアを開ける。ベッドの近くにあるサイドテーブルには薬とペットボトル、ゼリーが置いてあった。

 寝苦しそうに寝ている柚月の頬に触れると俺の手が冷えてて気持ちいいのか擦り寄ってくる。その姿が不覚にも可愛く思えた。


「んんっ」

「柚月?」


 一瞬起きたのかと手を引っ込めるが、起きた様子はない。少し安心してもう一度、頬に触れる。普段なら俺を求めることのない柚月が俺の方に擦り寄ってくる。


 本当はもう知っている。毒を所持するだけで捕まるこの国で、柚月が俺に毒を盛ることも変な薬を入れることもないことを。あの女のように俺を慰めの対象にもしていなければ、ただの親切心で俺の世話をしていること。俺が自分から話すまで何も聞かないことや、俺が我儘を言えば聞いてくれること。そのくせ、俺に何も期待していないこと。


 だから逆に怖い。元の世界で俺の経験したことを話すのが。奴隷のように女に奉仕をし、人間ではなくペットのような扱いを受けていたことを知ってしまえば柚月は軽蔑するんじゃないかと。


「柚月なら俺に触ってもいいのに」


 魔法は使えなくなったが、人の気配には敏感だ。好意、憎悪、それから欲情、柚月は周りとは違う。好意的だけど、異性として俺を見ている感じではない。あの頃の両親や使用人と同じような感じだ。

 俺には柚月しかいない。柚月もわかっているから俺とずっと一緒にいてくれる。安心を与えてくれる。そんな人を嫌がるはずがない。俺が懐くとは欠片も思っていない柚月。

 熱で弱り俺の手に擦り寄る姿を見て思う。


 ──柚月は俺の過去を知って同情はしても軽蔑しないのでは……?


 きっと俺のことを優しく慰めてくれる。絶対に突き放すことはしない。だって柚月はそういう人間だから。柚月は俺に期待していないのに、俺はこんなにも柚月に期待しているなんて、なんて滑稽なんだろうか。

 乾いた笑いが静かな空間に消えて行った。

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