非日常⑥【レオ視点】
※流血表現がありますので苦手な方はご注意ください
愛している。その言葉は呪いだと思った。重たく、纏わり付くような言葉。どいつもこいつも愛していると言う癖に自分の事しか考えていない気持ちの押し付け。お父様の最後の言葉。嫌な思い出。だけど、少しは気持ちが分かるようになったと思う。
普段はない片手にある重さ。嫌な重さではなく安心する重さで、肩にある温もりは心地いい。俺が守らなきゃいけない人。
ボキボキと骨が砕けるような音を響かせ、身体半分だけがどんどん変形していく。角が生え、手の先が鋭く伸びる。半分人間で半分魔族。
「……魔族に魂食わせなきゃ生きれたのにな」
──まぁ、一生、氷漬けのままだけど。
『なんで、その女なの』
涙なのか血なのかわからないが両目から赤い水を流しながら言う女。変形した時に串刺しにしていた氷が折れて、フラフラと近付いてくる。刺さったままの氷の魔法を解けば、穴から血が吹き出し呻きながらよろけた。それでも手を伸ばし近付こうとするので、伸ばしてくる手首に向かって上からギロチンのような大きな刃の形をした氷を落とす。
痛みに叫ぶ声を聞きながら赤い血飛沫を眺める。散々、俺を苦しめた女が目の前で苦しんでいる。
『助けて。助けて、レオン』
「……どうやって魔族と契約した?」
『痛いの、助けて』
「答えろ」
『は、……伯爵が、』
肩で大きく息をしながら必死に答える。
『レオンをくれるって、その女が邪魔だって……!』
変形した指が柚月に向かって勢いよく伸びる。が、届く前に指先から徐々に凍っていき柚月に届く事はなかった。パリンッと凍った手が粉々に砕け散る。どうあがいても柚月に手が出せない事を悟ったのか、目の中に絶望の色がうつろう。
俺の名前を呼びながら必死に命乞いをし、助けを求める。求めても無駄だと知っているはずなのに。
昔、この女に一度だけ助けを求めたことがあった。「これ以上は無理だ」「助けて」「怖い」と。慣れない感覚と無理矢理来る快楽に恐怖を抱いた。自分が自分ではなくなるような恐怖。助けを求めるように伸ばした手を、この女は嬉しそうに掴み地獄へと突き落とした。
今思えば当たり前だと思う。そもそも俺を苦しめている相手に助けを求めても助けてくれるはずがない。
そんな嫌な思い出を何を思ったのかこの女は柚月に自慢気に語っていたわけだが。
『……どうして、あんなに愛し合ったのに』
床から勢いよく伸びた氷柱が女の眉間に刺さった。それでも首を捻り氷柱を抜こうと動くので手首を切った時と同様の刃を首筋に向かって落とした。骨を断つ音が部屋中に響く。頭が離れた瞬間、首から血が吹き出す。すぐに切断面を凍らせて飛び散らないようにする。空中に飛んでいる液体を凍らせて固体にすれば、衣類に飛び散ることなくその場に落ちていく。
魔法を解除して凍った部屋が元通りにする。全てが元通りになったことを確認し、相変わらず肩に顔を埋めている柚月に顔を近づける。
「愛してる」
耳元で小さく呟くが俺の魔法で何も聞こえていない。それでいいと思う。自分の所有物だと言わんばかりの言葉。まるで首輪のようだ──。
「だぁぁんんんちょぉぉぉおおお!!」
ドアが壊れるんじゃないかと思うくらい勢いよく開き、叫びながら入って来たカイン。
「助けに来ました!」
ニコニコと笑いながら言う姿に、うるさい奴が来たと思わず溜め息を吐く。折角、柚月と二人きりになれたというのに邪魔された気分だ。
きょろきょろと周りを見て終わったことに気付いたのだろう。傷口を全て凍らせて部屋を汚していないことを理解したカインは胴体や頭はもちろん、凍った血の粒まで全て魔法で運んでくれた。
カインが使用するのはあの女と同じ風魔法。この世界で一番人口の多い魔法だ。馬車を少し早く走らせたり、重いものを浮かせたりと戦闘向きよりも日常向きな魔法という認識だったが、この男がその認識を全て覆した。カインほどの魔力量を持つ風魔法使いが存在しなかっただけというのもあるが。
第一騎士団副団長として活躍するカインは精霊に愛された男として街で英雄扱いされている。見回りの時に聞いたことがある。元平民の幸運だとかなんだとか。馬鹿らしいと言えばカインが苦笑いしていた。幸運も何もカインの実力だろう、と精霊に愛されていてもいなくてもカインは第一騎士団の副団長に相応しいと思う。うるさいのが玉に瑕だけど。
「珍しいですね。団長が全て凍らせて処理するなんて」
「そのままだと血の匂いが充満するだろ」
俺の言葉にカインの視線が一瞬、柚月の方へと動く。
「……団長って気遣えるんですね」
意外だと言わんばかりの顔。こいつと二人きりで話すのも面倒になり指を鳴らした。
* * * * * *
柚月を助けるために脅したことを説明したら柚月は俺を怒ろうにも怒れなくなったらしく、頭を悩ませているようだった。
「柚月さんってなんで団長の事をレオって呼んでるんですか?」
「え、名前を聞いた時にレオからそう名乗られたから」
いきなり声をかけられて少し戸惑いながらも柚月が答える。
「なんで団長はレオって名乗ったんですか?」
周りがレオンと呼んでいるのは柚月も知っているので柚月も興味あるようだ。聞きたいと言わんばかりに二人から見つめられる。
レオと名乗っていた理由は簡単だ。これ以上、レオンと言う言葉を聞きたくなかったから。そして柚月に名前を名乗ったあの日、俺はレオンハルト・ハウザーを捨ててレオとして生きようとした。ただ、それだけ。
「……なんとなく」
「団長らしいっすね」
名前を捨てたなんて言えるはずもなく、誤魔化すように言う。回答に満足がいったカインは納得したが、問題は柚月だ。なんとなくじゃない事なんてバレているだろう。横目で柚月を見たら思い切り目が合ってしまった。
「私はレオって響き好きだよ。それに私だけって特別な感じがするね」
触れてほしくない事に気付いた柚月はこれで終わりと言わんばかりに話をまとめ、尚且つ、今後もレオ呼びを続けると宣言するような言い方をした。
俺の中でもレオという呼び方と響きはもう特別になっている。柚月以外に呼ばせる予定はない。
「団長って顔緩むんですね」
「レオは無表情が多いだけで笑ったりしますよ」
「えー、笑う団長なんて想像できない」
「口元が緩む程度なら意外とあると思います」
「俺、無表情以外なら団長の怖い顔と鬱陶しそうな顔しか向けられた事ないです」
「鬱陶しそうな顔はわかります! でも、怖い顔を向けられた事ないな……」
こいつに笑いかけることなんてこれからも一生来ないだろうし、柚月に怖い顔をする事も一生ないだろう。そもそも怖い顔とはなんだ。どうやってやるんだ。
カインは柚月に近付き小声で話しているが、柚月を抱っこしているので全て聞こえている。それに気付いていない二人は楽しそうに話している。つまり、カインが俺の悪口を言っているのもバッチリ聞こえている。
──次の稽古、覚えとけよ。
そう思いを込めて睨めば大袈裟に肩を振るわせ俺に謝罪をしてきた。もちろん、許す気はない。




