少年とアイス
あれから一週間が経った。
二、三日警戒されていたが徐々に警戒が弱くなっていると思う。それでも食事を作る時は監視するかのようにじっと見てくるし、私が食べた後じゃないと食べようともしない。あの時、意地でも水を飲まなかったのは毒でも仕込んでいると思ったからだろう。
「レオ、今日の夕飯何がいい?」
「オムライス……」
「買い物は一緒に行く?」
「行かない」
「じゃあ、お留守番頼んだ」
「ん」
レオという名の少年はどうやら異世界から来たらしい。日本を知らないと言っていたので携帯で教えてあげたところ携帯にビビりまくっていた。可愛かった。因みに車にも驚いており、車という未知の存在に怯えていた。だからレオはこちらの世界に来た翌日以降は外に出ていない。初日に衣服は買えたから着替えには困らないし、サイズもわかったからレオが外に出なくても私が買えるから今のところ問題はない。
知らない世界に一人にするというのはなんとも気が引けたので、私は会社に在宅申請をした。PCがあればどこでも仕事はできるので問題ない。ただ、家で作業するとなると仕事用の椅子やら机やら揃えないといけないし、困ったことや質問はチャットになり、返答をもらうまでタイムラグがある。それが嫌で私はその場で先輩方に聞けるよう出社していただけだ。月曜日は会社に伝えるため出社していたのだが、その日、レオは飲まず食わずだったようで帰宅した時は盛大なお腹の音を聞かせてくれた。恥ずかしそうに頬赤らめて俯いている姿は可愛かった。
レオから教えてもらった情報は少ししかない。名前がレオということ。異世界から来たこと。年齢は十四歳だということ。小学生と思ったら中学生くらいだった。きっと成長に必要な栄養が足りないから止まっているのだろう。中学生の頃なんて一番成長が激しい時期じゃないか。
スーパーで必要な材料を買い、安くなっている野菜やお肉もついでに買って最後に楽しみにしているアイスを買う。冬限定の生チョコアイス。きっとレオも食べたことないだろう。
* * * * * *
「美味しい?」
「ん」
「今日は食後のデザートあるよ」
「ん」
私の言葉に軽く返事をしながらもぐもぐ頬張る姿を見て嬉しくなる。料理のときもそうだが、一定の距離を離れずに私に着いてくるので可愛い。まぁ、レオは私が何かしないか監視しているつもりなんだろうけど。それでも、私が食べたらその後を追うように食べ、飲んだら飲み、サラダにドレッシングをかければ真似をしてかける。幼い子が真似をしているみたいでその様子を見るたびに胸がキュンキュンしてしまう。
白い髪に赤い瞳。肌も病的に白く細いレオは子供ながらに美しさもあり、儚さもある。そんな子が私の真似をしているなんて。
「傷はどう?」
「大丈夫」
「病院行きたくなったら言ってね」
「ん」
病院は行きたくないと駄々をこねたので連れて行ってはいない。痣はできていても腫れはなかったから大丈夫だろうとは思うが一度は見てもらいたい気もする。保険証の事を思うと覚悟は必要だが。
「柚月は婚約者いないの?」
いきなりの質問に目を見開く。
危ない。食べ終えていてよかったな。私がもしオムライスを食べていたら喉に詰まっていただろうし、お茶を飲んでいたらレオの綺麗な顔面が濡れるところだったぞ。
「いないよ。婚約者どころか彼氏もいないね」
「何か問題があるのか?」
「私の性格の話? 性格は普通だと思うよ。彼氏がいないのは別にいらないからだよ。出会いもないし。結婚しなくても生きていける世界だよ、この国は。そっちの国はどう?」
「女は十六結婚する。遅くても十八。二十を過ぎると……」
「皆、若いね。文化の違いってすごい。その先、怖くて聞けないや」
想像以上にダメージを受けてしまった。
「女性はわかったけど、男性はどうなの?」
「男は遅くても二十五では結婚している」
「なるほど。レオも二十五までには結婚するの?」
「俺は……」
レオがグッと唇を噛む。
あ、やってしまった。なんとなく、気付いていた。レオは人が、異性が苦手ということ。私がレオに湿布を貼るときに体が震えていた。服を買いに行った時も店員に声をかけられて怯えていた。女性だと余計に。私の後ろに隠れて萎縮していた。
「レオに好きな人ができたらの話ね! ほら、私がレオの保護者みたいなもんだからさ、未成年の結婚には保護者の許可がいるんだよ。つまり、私の許可がないとレオは結婚できないからね。うーんと可愛くていい子じゃないと私、許可出さないからね! そう、レオを幸せにしてくれる人じゃないと!!」
早口で考えるよりも先に訳のわからないことをベラベラと話してしまう。
「アイス! アイス食べようか!」
食べ終えた食器を片付けて冷凍庫からアイスを取り出す。固いアイスを少し溶かすためレンジで温めて、何も仕込んでないよ、と教えるようにレオの目の前で開けて半分に分ける。私が先に食べてみせると、レオは私の真似するようにアイスを食べた。