非日常⑤【レオ視点】
柚月が会場から離れたのはすぐに気付いた。すぐに追いかけようと目の前にいる女から離れようとしたが離さないと言わんばかりに手を強く握られる。
「……邪魔するなら殺すぞ」
「やだな、邪魔なんて。何も起きていないのに聖女を振り払って消えるなんてやめておいた方がいいと思うけど」
不愉快極まりない。本当なら触りたくもない。
「私を無下にしたら柚月さんにチクっちゃうから。柚月さんに嫌われてもいいの?」
振り払おうと手に力を込めていたが柚月の名前を出されて思わず、力を緩めた。
確かに柚月は優しいからきっとこの女が告げ口すれば俺が怒られる可能性がある。怒っている姿の柚月もかわいいと思う。だから柚月に怒られるのが嫌なのではない。ただ、柚月がこの女のために怒ることが嫌なのだ。
「そんなに怒らないで。ほら、私、未来が見えるでしょ? 柚月さんは大丈夫だよ」
「大丈夫かどうかはお前が決める事じゃない」
「レオンが最後まで踊ってくれたらあの女を殺せるように私も皇帝陛下に口添えしてあげる」
「……は?」
思わず女の方を向けば、「やっと俺と目が合った」と嬉しそうに笑う。
貴族の人間を殺すなんてできるはずがない。貴族を裁けるのは皇帝陛下ただ一人。だから俺は殺したくてもそのままにするしかなかったのだ。公爵家を手に掛けてしまえば俺が魔族付きになるから。でも、柚月を守るためなら俺は魔族付きになってもいい。
「あの女を殺したかったんでしょ。可哀想なレオン」
「お前に何がわかる」
「わかるよ。……大丈夫。あの女を殺してもレオンは魔族付きなんかならないから」
自信満々に言ってのけるが何故断言できるのかがわからない。
曲も終盤になり、女はターンをしてドレスの裾を持ち一礼をした。周りからの拍手を無視し、女の腰を掴み小脇に抱えて、皇帝陛下に向かって飛ぶ。
そんな俺の姿に周りはどよめくが無視して、皇帝陛下の前に立つ。本来は皇族とそのエスコートする人しか入れない場所だが、この際、関係ない。殿下が何か吠えていたので、女を落とす。「きゃ」と短い悲鳴と殿下の怒鳴り声が聞こえた。
「ハウザー公爵と少し話す。他の者たちは今すぐ、軽食を用意させよう。ゆっくり休んでくれ」
皇帝陛下が会場全体に聞こえるように言えば、会場は安心したのだろう。各々話し出す声が聞こえ、一気に騒がしくなる。周りがこちらに興味がなくなった事を確認する。
「柚月が連れて行かれたので、許可を」
「心配性だな、ハウザー公爵よ。あのお嬢さんは休憩室に向かっただけだと聞いたが?」
「その女が皇帝陛下に殺しの許可を貰えるとおっしゃってました」
皇帝陛下は目を見開き、女の方を見て「どう言う事だ?」と聞いた。女は殿下に支えられながら立ち上がると頭を下げて、発言する。
「シュナイザー公爵家のご令嬢は魔族付きではないみたいなので恐らくは魔族と契約したのではないかと」
「な……っ! それは本当か?」
「ええ、私の瞳には瘴気が見えます。ご令嬢の魂は瘴気に覆われておりました」
魔族付きは主導権が魔族にある。人間がどれだけ拒否しようが魔族が人を殺そうとすれば人間側は操り人形も同然で人を殺す。魔族付きの証拠に頬に大きく模様が浮かび上がるのに対して、魔族との契約は主導権は人間にある。もちろん、頬に模様が浮かび上がることもない。そのため契約者かどうかの判断が難しい。ただ、瘴気が見える聖女を除いて──。
皇帝陛下は困ったように頬を掻いた後、手を挙げ、カインを呼ぶと少し離れた場所にいる皇族家を下げるように指示を出した。カインは周りにいた騎士たちに護衛をするよう指示を出して行く。流石の殿下も指示に従うようで、女の肩を抱き奥の出入り口へと消えて行った。
皇族たちが消えて行ったのを確認し、指を鳴らす。皇帝陛下とカインを除いた人たちはこちらの声は聞こえず、また見る事もできない。
「ハウザー公爵、」
「嫌です」
この後に続く言葉はすぐ想像できる。殺すのではなく、生け捕りにしろと言うのだろう。今まで魔族との契約者を見た事がないから気になっているのだ。どうやって魔族と契約したのか。
「そこをなんとか……」
「魔族と契約して柚月を狙ったのですよ? 生け捕りにして、未知数なものを地下に閉じ込めてもし逃げられたらどうするんですか? 次は柚月を狙わないと断言できるのでしょうか?」
「……うむ」
「柚月を狙う魔族擬きがいる皇宮には俺は二度と足を踏み入れませんから」
「……う、む」
俺が発言するたびに皇帝陛下は居心地悪そうに返事をする。
ブローチやネックレスに埋め込んだ魔力が発動してはいないので柚月は危害を加えられてはいないのだろう。ただ、ピアスが熱を持っている。これは柚月が殺気を受けている証拠だ。
いつまで経っても許可をくれない皇帝陛下に憤りを感じる。目線を後ろに向け、呑気に食事をしている貴族たちを見下ろす。
「……そんなに魔族に興味あるなら俺が今すぐここにいる奴らを殺して魔族付きになってあげましょうか?」
「団長!!」
俺の言葉に今まで黙っていたカインが思わず口を挟む。
「団長が魔族付きになってしまったらこの国は終わります。落ち着いてください」
「落ち着いているよ。本当は今すぐにでも柚月のところに行きたいのに皇帝陛下の我儘に付き合ってあげているんだから」
ピアスに魔力を込めば、すぐ目の前に映像が流れる。映像では柚月がシュナイザー公爵家への誘いを断っているところだった。魔族特有の低い声が聞こえ皇帝陛下は頭をかかえる。それでも諦め切れないのだろう。本当に周りの人間全て殺してやろうかと考えた矢先、あの女が柚月に向かって魔法を使用した。直接怪我はなかったが柚月は驚いて腰を抜かしたのか徐々に視界が下に近づいていく。
「皇帝陛下。もう一度聞きます。ここにいる奴らを殺して俺を魔族付きにするか、殺しの許可を今すぐ出すか、どちらになさいますか?」
これ以上、付き合う義理はないと仄めかす。
「……ここの人たちを避難させるまで待ってほしい。そしたら令嬢を殺してもいい」
皇帝陛下の言葉にカインを見る。カインは黙って頷く。指を鳴らせば、今まで遮断されていた音が聞こえ始めた。
カインは会場の人たちに事情を説明し、自分大好きな貴族たちは我先に逃げようとする。
案内役はカインに任せ、俺は映像を流したまま皇帝陛下の横に立つ。奴隷時代の話を自慢気に柚月に話している所だった。皇帝陛下は自慢気に話している内容に眉を顰める。
「お前さんが行方不明になってすぐ調査した。シュナイザー公爵家は保護したと言っておったが、闇市で奴隷として買われたのだろう? だから戻って来てすぐ皇室の騎士団に公爵家としてではなく見習い騎士として入団した」
映像から目を離さず、皇帝陛下は俺の過去を答え合わせするかのように言う。皇帝陛下の考えている通りだ。枢機卿の元へ戻って来ても俺に帰る場所などない。公爵としての力もない俺ができる事といえば見習い騎士として入団する事だった。
見習い騎士は剣術を習う術のない平民がなるもので貴族は少なからず剣術を習っているので見習い騎士にはならない。貴族からしたら見習い騎士は騎士とも言われない雑用係だ。
その雑用係に元公爵家で皇室に保護されている人間が来たのだからそれはもう格好の餌食だろう。痣だらけの俺を見る度に皇帝陛下は気にかけてくれた。ただ、俺が何も言わないから何もできなかっただけで。その様子を見ていたのが殿下だ。実の父が息子の自分よりも赤の他人である俺を気に掛けるのが気に食わなかったらしい。騎士団に指示を出し、殿下公認という事でいじめは余計に酷くなった。
「ハウザー公爵が一ヶ月ほど行方不明になっていただろう? 枢機卿が連れて戻って来た時。お前さんは何も教えてくれなかったが、あのお嬢さんがお前さんとずっと一緒にいたのか?」
俺のために怒る柚月を見て皇帝陛下が気付いたらしい。
「……ええ」
「そうか」
小さく「すまない」と皇帝陛下が謝罪した。何に対しての謝罪なのか、分からなかった。分からなかったが、皇帝陛下が謝罪することは一つもない。民を守るための行動で、どちらかと言えば好き勝手やっている俺の方に非はある。
「……俺もその分、今、我儘言っているので……」
柚月が聞いたら皇帝陛下に向かって殺すなどの脅す行為を我儘で片付けるなと言われそうだ。それでも皇帝陛下はその言葉が嬉しかったのだろう。
「なぁに、遅めの反抗期だと思っておる」
目尻に皺を寄せて笑いながら言う。皇帝陛下は俺のことを実の息子のように可愛がってくれている事は知っている。久しぶりの子供扱いになんだかむず痒い気分になる。
「……令嬢が人間だったら氷漬けにしておきます」
「ああ、ありがとう。……行ってこい」
皇帝陛下の言葉を最後に俺はその場から離れた。




