非日常④
※流血表現がありますので苦手な方はご注意ください
吐く息が白い。でも寒くはなかった。
レオは氷からニアさんが出てくるや否や後ろにジャンプして下がり、部屋中を氷漬けにした。レオの足元からピキピキと音がしたと思ったら一瞬で部屋が凍ったのだから驚いた。
『レオンレオンレオンレオンレオン』
項垂れた頭を左右にゆらゆらと揺らし、ニアさんは立ち上がりながらレオの名前を何度も呼ぶ。低い声とニアさんの声が重なって二重で聞こえる。そんなニアさんの手からは黒いもやみたいなのもので包まれていた。
「レオ、ニアさん変だよ」
「元からだよ」
「違う、そうじゃなくて」
黒いもやがまるでニアさんを食べていくかのようにあっという間に身体半分を包み込む。
「ニアさんが食べられちゃう」
「……?」
「黒いもやがニアさんの身体半分包み込んでる」
「黒いもや……」
レオは黒いもやが見えていないみたいだった。私だけに見えているらしい。ニアさんが黒いもやに覆われている手を前にかざすと、三日月型になって私たちの前に飛んでくる。
勢いよく飛んでくる黒いもやに小さく叫び顔を逸らすが、一向に痛みは来ない。恐る恐る目を開けて前を見る。レオの足元から壁のような氷が作られており、私たちを守っていた。氷には刃物で斬られたような傷が少し付いているだけだった。
次々と同じ三日月型の黒いもやが飛んでくるが氷は砕けそうにない。レオも余裕の表情である。
「黒いもやが見えないのによくわかるね」
「魔力察知はできるから。……黒いもやが見える事は俺たちだけの秘密にしよう」
秘密ということは黒いもやが見えるのは特別ということ。私は黙って頷く。頬を撫でられ「いい子」とまるで子供をあやすような優しい声で言う。
すぐに私から目を逸らし、レオはニアさんの方を見る。私もレオに続いて同じ方向を見た。いつの間にかつらら状の氷が地面から突き出ており、ニアさんの肩や脚、手などを貫いている。氷が突き刺さり、壁に貼り付けられ、宙に浮いた状態のニアさん。じわじわとドレスが血で滲む。
「ニアさん……」
『殺す殺す殺す』
私の声に反応したニアさんは氷が突き刺さっているにも関わらず、私に少しでも近付こうと前のめりになる。もちろん、その分、つららがどんどん刺さろうが、穴が大きくなろうが構わないのだろう。何度も「殺す」と呟きながら前進する。肉を抉る音がする度に血が滴り、つららにも血が伝う様子に思わず顔を歪めてしまう。
顔を逸らそうとする前にレオの手で視界を塞がれてしまい何も見えなくなった。そのまま手に誘導されて顔をレオの肩まで向けられる。その後はレオの手が後頭部に周り、肩に顔を埋めるように優しく押された。
血の匂いからレオの匂いに変わり少し安心する。擦り付けるように肩に顔を埋め、首に回す腕に力を入れる。
「殺されるのはお前だよ」
『レオン、助けて。レオン、好き。愛してる』
──パチン。
レオの指を鳴らす音を最後に何も聞こえなくなった。
* * * * * *
「もういいよ」
レオの言葉に顔を上げる。目を閉じていたせいか明るい視界に目が慣れるまで少し時間がかかった。氷はもう消えていて、最初に入った休憩室に戻っていた。
──終わったんだ。
そう理解した瞬間、強張っていた身体の力が抜けた。
「団長! イチャイチャしないでください!」
レオの身体に傷がないか確かめるように顔を触ったり身体を確認していたら後ろで声がし、思わず肩を揺らす。
「うるさい」
「頑張った部下にうるさいって……、ううっ」
顔を後ろに向けるとニアさんは居らず、レオとは少し違う白い軍服を身に纏った男性がいた。泣き真似をしているのか腕に顔を埋め、何度もレオをチラチラと様子見している。
自己紹介をするために抱き抱えられたままもどうかと思い、下ろしてもらおうと肩を叩いて察してくれと合図をする。私の意図を察したかのように見えたが、レオは何故か腕に力を込めて、下ろそうとはしなかった。ペチペチと叩いて「違う」と小声で伝えるが離す気はないらしい。仕方なく私が諦める。
「こんな格好ですみません。初めまして。柚月と言います」
頭を下げて挨拶をすると、男性は勢いよく顔を上げて、気を付けをする。
「私は、レオンハルト団長の部下で副団長を務めております。カインと申します」
ドンッと心臓の位置を拳で叩き挨拶をする。カインと名乗る男性は確か、茉里ちゃんと一緒に皇族の人たちが入場するところから入ってきた人だ。皇女殿下をエスコートしていた人だとすぐに思い出す。
カインさんと目が合うとニコッと微笑んでくれた。私も思わず笑って返す。
レオとは真逆の性格ということがすぐわかる。レオは無表情が多く、愛想がいいとは言えないが、カインさんはコロコロと表情が変わる。明るい性格なのだろう。真逆の性格と言ったが、決してレオを暗い性格だと思っているわけではない。
「あ、あの、ニアさんは……」
彼なら教えてくれるだろうと思い聞く。すぐに私の聞きたい事を察してくれたのか「ああ」と言って「片付けました」と笑顔で返された。
それ以上は怖くて聞けなかった。
「団長も酷いですよ。全員を非難させた後、助けに来たのに入らせないように部屋中を氷漬けにしたって言うじゃないですか」
「……」
「柚月さんにも見てもらいたかったです。団長ったら皇帝陛下を──」
「うるさい」
「はい。黙ります」
私に聞かれたら困るのか、カインさんを黙らせる。ただ、途中で止められると聞きたくなるのが人間の性。レオを見つめて気になるアピールをする。最初は無視していたが、私が脚をパタパタさせてジーっと見つめていると、降参したのかため息を吐き、小さな声で「少し脅した」と白状した。
──皇帝陛下を脅す……?
理解するのに時間がかかるのは仕方ない事だ。内容を理解した私の顔色がどんどん青くなったことに気付いたのだろう。「魔法は使っていない」と言い訳にもならない事を言う。
「レオ、その内、謀反者として捕まらない?」
「ははっ、団長が捕まるなんて想像できないですよ!」
「いや、笑い事じゃないから!」
どこの国に上の人間を脅す人がいるのか! 死刑にされてもおかしくない。
「ちゃんと説明して!」
レオの顔を挟み、見つめながら言う。カインさんはなすがままにされているレオを見て笑っている。視線だけでレオがカインさんを睨めばカインさんは手で口を塞ぎ黙った。
そして私に視線を戻したレオは観念したのか少し嫌そうな顔をしながらも口を開いて説明してくれた。
次回はレオ視点で皇帝陛下を脅す〜柚月が見れなかったニアとの戦闘(主にやり取り)を書けたらいいなと思います。
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