非日常②
休憩室は会場から少し離れた場所にあった。ホテルのロビーのような感じだと思った。ただ、奥にはドアがありそこが試着室なんだろうなとすぐわかるよう金色のドアプレートがあった。部屋としては十分広い。テーブルには紅茶とお菓子が準備されている。紅茶は湯気が立っているので準備されてからそれほど時間が経っていない。
「会場の入り口に人がいたでしょう? 彼らに言えば準備してもらえるの」
「そう、なんですね……」
不思議そうに見ていたのがバレたのか彼女は教えてくれた。黄色のドレスに赤い髪がよく映える。瞳の色も朱色で彼女のそばにいるだけで暖かみを感じる色だと思った。
「右から二番目のカーテンの中に私のドレスがあるわ。先に着替えて」
彼女の言葉にお礼を言って試着室に入る。試着室というには広く、ドレッサーまである。壁にかけてあったドレスを近くにいたメイドが持ってくる。他にも人がいたのかと驚きはしたが一人でドレスを着替えることができないため安心する。
「ありがとうございます。すみませんが、手伝ってもらえますか?」
声をかけても返事はもらえず不思議に思いメイドの顔を見る。よく見ると人間ではない。袖から少し見える手首には繋ぎ目のような線が見える。メイドはマネキン人形だった。ただ、話せないだけで私の要望は理解しているのか小さく頷きドレスを脱ぐのを手伝ってくれる。どういう原理かはわからないがそもそもこの国は魔法が使える世界なのだ。マネキン人形が動いていても不思議じゃない。
ドレスの着替えが終わると汚れてしまったドレスを持って奥の扉へと消えていった。もちろんブローチは外してもらったので私の手元にある。どうしていいか分からず、立ち尽くしているとメイドが戻って来た。
【ドレスを綺麗にしておりますので、お帰りの際、こちらにお越しください】
ゲームのように目の前にメッセージウィンドウが表示される。元の世界もAI技術が進めばこんな感じになるんだろうか。お礼を言うとメイドは少し微笑んで最初にいた位置へと戻っていった。
「あら、似合っているわね」
試着室から出ると彼女はソファーに座り、お茶を飲みながら私の方を見て言った。彼女の隣には私物と思われる少し大きめのバッグが置いてある。
そういえば、私は彼女の名前を知らない。お互いが名乗っていないことに気付き自己紹介をしようとした。
「柚月さんって呼んでもいいかしら?」
「え、あっ、はい!」
いきなり名前を呼ばれて驚く。私の様子が面白いのかクスクス笑い「入場の時、聞こえたから」と私の名前を知っている理由を教えてくれた。
「私のことはニアと呼んで」
「ニアさん」
「いつまでも立ってないで一緒にお茶しましょう」
彼女──ニアさんの前に座る。カップをソーサーに置く時に音が全くしない。一つ一つの優雅な立ち振る舞いにドキドキしてしまう。
「緊張しないで。あなたとお話ししたかったの」
「え……」
「聖女と一緒に現れたあなたが何故、公爵と一緒にいるのか、どこのお茶会でもすごい噂だったから」
それもそうか、と納得する。私は元々レオと知り合いだったが、そのことを知らない人からすればレオが私を保護していることを不思議に思うのだろう。
元々の知り合いということは隠して、この世界に来た日、偶々レオがその場にいたこと。聖女ではない私を保護するよう皇帝陛下と話し合ったことを説明した。ニアさんはその言葉を皇帝陛下がレオに命令したと思ったのだろう。「皇帝陛下のお願いなら仕方ないわね」と納得していた。
「ねぇ、あなた、公爵のところはやめて私のところに来ない?」
異性のところにいるより、同性の私の方が安心するでしょう? と言う。
「いえ、私だけの意思で決めることはできないので」
「彼はいいと言うわ」
「まだ言われたわけではないので、本人がいいと言ったらそうします」
一瞬だけ彼女の目が鋭くなった気がするが、私に決定権などあるはずもなく、苦笑いをしてやり過ごす。なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。レオはまだ踊っているんだろうか。そろそろ戻らないと心配しているんじゃないだろうか。
「あの、私、そろそろ……」
『なんで、お前なんだ』
ニアさんの声と重なり低い声が聞こえた。テーブルの上に紅茶を置こうと下げていた視線を上げる。ニアさんと目が合い、微笑まれる。先ほどの声は気のせいか、あんな低い声がニアさんのわけない。そう思おうとした矢先、先ほどまで静かに飲んでいたのが嘘のようにカップを持つニアさんの手が震え、カチャカチャとソーサーとカップがぶつかり音をたてる。声の件もあり段々とおかしくなるニアさんに恐怖を覚える。
「あ、あの、ニアさん」
「なぁに?」
ニコニコと笑っているニアさんの目が薄らと開く。その目が笑っていないように見え、彼女から逃げようと立ち上がり休憩室の入り口まで向かう。ドアノブに手をかけようとしたとき、スパンッとレバーの根元部分が切断された。
「私、あなたと仲良くなりたかったのよ。ほら、あなたがどんな子か想像して人形も沢山作ったの」
ゆっくりと振り向くと立ち上がりこちらを見ているニアさんはバックの中から沢山の人形を取り出す。ロングやショート、明るい髪色から暗い髪色まで。取り出しては両手で抱えて溢れた人形がボトボトと床に転がっていく。小さな女の子が持っているような可愛らしい女の子の人形で、ワンピースやドレスやらと格好も違う人形たち。唯一の共通点は顔がボロボロで綿が飛び出しているところだろうか。まるで切り刻んだかのようだ。
「メイドにもあなたの役割をさせて話す練習を沢山したわ」
「ひっ……」
腰が抜けてしまい、思わずドアを背もたれに座り込んでしまう。
私を想像して作った人形をあんな風にしたってことはメイドももちろん……。そこまで考えて気持ち悪くなる。
「沢山、練習したんですもの。練習成果を見てくださらない?」
座って動けない私の身体が浮き、そのまま元いたソファーまで連れて行かれる。私の身体が浮いた原因もドアノブが切断されたのも彼女の魔法なのだろう。
私が動かないことを確認したニアさんは私の隣に座る。
「ニアさん、」
「私、レオンと愛し合っているの」
震える声で名前を呼べば、それを遮るようにニアさんが言う。
「ねぇ、あなたはレオンと寝た? 彼ね、私をすごく求めてきたの。ああ、なんでこんな話をしているかって?」
私の頬を撫で、伏せていた目を私に合わせて「練習の成果を見せたらあなたにはもう聞いてもらえないもの」と笑顔で教えてくれた。
こんなに優しい声で言われているのに内容はどう考えても殺害予告で泣きそうになった。




