家に知らない少年がいた
仕事が終わったぞー! ビール飲むぞー! そう叫びたい気持ちをグッと堪え鞄から鍵を取り出す。
なんたって本日は金曜日。明日は仕事が休み。同じ平日と言えど、休日前の酒は格別に美味しい気がする。辻本柚月社会人二年目の二十四歳。仕事の立ち位置は新人ではないけどベテランでもない。まだまだ勉強中である。趣味もなければ彼氏もいない。唯一の癒しは酒。独り身まっしぐらの女だ。
「ただいまー」
一人暮らしだからもちろん返事はない。真っ暗な空間でも住み慣れた場所なのですぐ電気の場所もわかる。電気を付け明るくなった玄関。いつもと変わらない空間。スリッパを履いてリビングに行くと──。
「誰……?」
いつもと変わらない空間に知らない人がいました。
* * * * * *
「んー、疲れたぁ」
一通り作業を終わりぐったりする。大変だった。まさか我が家に全裸の少年がいるとは予想もしないだろう。しかも虐待をされているのか肌は傷だらけだった。出血はなかったので最近の傷ではない。びしょ濡れで体はひんやりと冷たかった。急いでタオルで体を拭き裏起毛のあるパーカーを着せ、髪を乾かした。
ドライヤーの音でも微動だにせず寝ていたのでよっぽど疲れていたのだろう。
介護が終わり、ベッドに寝かせてあげて今やっと休めた。仕事をするよりも疲れた。
ベッドに寄りかかり寝ている少年を見る。
白い髪。日本人ではない外国の子供。小学生くらいの大きさで虐待を受けているだけあって体は細い。雨が降ったわけでもないのにびしょ濡れで、服も着ていない。今住んでいるアパートに子供はいるが少年のような子は見たことがない。つまり、近所の子でもない。
警察に通報するか迷ったが、この子が目が覚めてからでも遅くはないだろう。もしかしたら行方不明者としてニュースやってるかも。
何かあった時に備えなきゃいけない。
「酒、飲みたかったなぁ」
思わず呟いてしまった。
「……んっ」
「ん? 目が覚めた?」
ドライヤーの音でも起きなかったのに私の呟きで起きるなんて。もしかして呟きじゃなくて結構大きな声だったのかな、なんて。
ごそごそと動き薄く目が開く。
「あ…、ごほっ! ごほっ!」
「ちょっと水持ってくるから待って」
寝起きのせいか、咽せる少年に優しく声をかけキッチンへと水の準備をする。
「ほら、ゆっくり飲んで」
起こしてあげてコップを渡そうとしたら手を叩かれた。
「っ、の、ま…ない!」
「でも、つらそうだよ」
せっかく拭いた床拭きが終わったと思ったのにリビングの次は寝室の床を拭かなければいけないらしい。コップを拾い上げて少年を見るがキッと睨まれる。
何か言いたいのか声が掠れているので話したくても話せないのだろう。
大きく息を吐き、次は手を叩かれても溢れないようにペットボトルを持ってくる。
「ほら、飲んで。喉乾いてるから上手く話せないでしょ」
意地でも飲もうとしない。なんなんだこの少年め。仏の顔も三度までだからな。
「飲まないなら私が飲むからね」
そもそも今日は酒を飲むつもりだったのだ。帰宅後すぐビールを飲もうと思っていたから仕事が終わってから水分補給なんてしていない。私も喉が渇いているのだ。
蓋を開け水を飲む。その姿を見ていた少年がおずおずと手を出した。
「飲む? 飲みかけだけど」
「……ん」
「はい。ゆっくり飲みなね」
奪い取るように私からペットボトルを取った少年はやっと水分補給する気になったのかゴクゴクと勢いよく水を飲む。本当にこの少年は私の言うこと何ひとつ聞いてくれない。
「あんた、誰?」
「私は柚月。少年は?」
「ここどこ?」
私の質問は無視ですか。まぁ、少年も混乱しているから仕方ないか。
「私の家だよ」
「ペット部屋じゃなくて?」
「失礼な。この家は1LDKはあるよ。寝室だけでも6畳あるんだからな」
6畳の部屋をペット部屋だなんて。そりゃあお金持ちならペットのために一部屋用意する可能性はあるだろうけど。
「そんなことよりさ、少年はなんでここにいるの?」
ご両親は? とは聞けなかった。
「知らない。目が覚めたらここにいたんだから」
「そっか。その前はわかることある? 場合によっては警察に連絡しなきゃだし」
「ケイサツ……? 俺のことを売るのか?」
「売らないよ! あ、ポリスだよ。ポリス」
日本語はわかるけど警察は知らないのか? と思いながら教えてあげるも、ポリスも伝わらないらしい。きょとんとしている。何なら伝わるんだと頭を悩ませる。
「わんえる、とか、けいさつとかさっきから変なことばかり言っているがどこの国の人間だ?」
「日本だけども」
「ニホン」
え、日本をご存知ないのか。まだ授業で習ってないのかも。そうかも。