少年と過去⑦【レオ視点】
「それで目が覚めたらいつも通り水かけられて起こされたんだけどさ、鏡に映った自分が情けなくて思わず笑ったんだよ。その姿を見た使用人が自分が笑われていると勘違いして、浴槽に頭抑え付けられて……。俺は死んだと思う」
話す覚悟を決めたはずなのに、実際、話すと恥ずかしくなる。弱い人間です、と宣言しているような感覚。俺がもう少し力があればこんなことになっていなかったのに。
「……話してくれて、ありがとう。レオには辛い過去があるんだろうな、って思ったけどここまでとは思ってなくて……」
柚月は複雑な表情で俺を見ていた。色々と言葉を考えてくれているのだろう。
「いや、俺のほうこそ、聞いてくれてありがとう。ほんとうはずっと……」
辛かった。そう言おうとした時、喉が震え、うまく言葉が出ない。視界が霞む。俯くと、水滴がテーブルを濡らす。
──あれ、俺、泣いているのか。
息ができなくて苦しい時、暴力の痛みで生理的な涙が出そうになったことは何度かあったが、お父様が目の前で死んだあの日から泣いたことはなかった。
「そうだよね、辛かったよね。寂しかったよね」
俺の言いたかったことを察した柚月が俺の代わりに言う。
「泣いていいからね。辛いとか、寂しいとか、痛いとか、苦しいとか、ちゃんと言っていいんだよ。気持ちを吐き出しても責めない。我慢しなくていいよ」
「……っく、つ、らかった…」
「うん」
嗚咽まじりに今まで溜め込んだものを吐き出す。そんな様子の俺を柚月が相槌を打ちながら聞く。溜め込んだ言葉がこんなにも重たいなんて知らなかった。吐き出せば吐き出すほど次から次へと弱音は出てくるし、身体が楽になる。
向かいに座っていた柚月は俺の横に移動して背中をさする。優しい温もりに安心する。お母様が俺にしてくれていた時の懐かしい感覚。
「この国はね、比較的、平和な国だから大丈夫だよ。レオに手を出す人はいないから」
「……ん」
「沢山泣いて笑って遊んで、子供らしく過ごしてほしい」
「ん」
「我儘も言っていいし、嫌なことは嫌と言っていい。レオが間違ったことをしても大丈夫。間違ったことを正すのが大人の役目なんだから。もっと頼っていいんだよ」
「うん」
俯いていた顔を上げて柚月を見ると目が合う。俺を安心させるように微笑んで、優しく袖口で涙を拭いてくれた。
「目を冷やすもの持って来るね」
そう言うと柚月は寝室にタオルを取りに行き、冷凍庫から取り出した保冷剤をタオルに包んだ。タオルと一緒に持ってきたハンカチで俺の目の周りを優しく拭く。渡された保冷剤を目の上にあてるとひんやりとして気持ちがいい。
冷やしていると電子レンジの音が聞こえる。終わった合図が響くと柚月が近寄って来る音がする。
「次はこっち」
目に当てていた保冷剤を退かすと今度は温かいタオルが渡された。
「交互にすると次の日、目が腫れないんだって」
「……ありがと」
「いえいえ。もし明日、腫れたらまた同じことしようね」
「……ん」
腫れた目を柚月に見られるのは恥ずかしいので絶対に腫らさないことを心に誓う。
「明日はピザを頼んで、映画でも見ようか」
「映画?」
「ドラマよりも長くて色々あるよ」
「ふーん」
「どういうのが見たいか一緒に決めようね」
「いいよ」
目を冷やした次は温めたりと何度か繰り返して終わった後、タオルを片付けながら柚月が言う。同意したら柚月は嬉しそうに笑った。
柚月は割とすぐに顔に出るほうだと思う。ドラマを見ている時も笑ったり、緊張したり、泣きそうになったり……。いや、泣きそうと言うか泣いているな。俺に見せないように我慢しようとしてできていない。
「何系がいいかなー。恋愛にミステリーにホラーに」
「ホラーってなんだ?」
「怖いやつだよ。幽霊とか悪魔とか」
「ホラーがいい!」
悪魔と聞いてすぐにそれを選んだ。柚月は日本は平和だと言っていたけどこの世界にも魔族的存在がいるのだと思うと見てみたい気もする。魔法もなくどうやって戦っているのだろう。興味が湧く。
「いいけど……、レオが見れるのあるかなぁ……」
「なんで見れないんだ?」
「年齢制限があるの。そういうホラー系とか」
「嫌だ! 見たい!」
俺が駄々をこねると柚月が「ふふふ」と笑う。
「なんだか子供みたいだねぇ」
「我儘を言っていいと言ったのは柚月だ」
「間違いを正すのも私の役目なので。年齢制限は守りましょうね〜」
「…………」
「その代わり、他の我儘を聞いてあげよう。聞ける範囲だけど」
そう言われて少し考える。黙った俺に気付いた柚月は心配そうに俺を見る。
この我儘を言うのは少し恥ずかしい。いや、かなり恥ずかしい。でも我儘を聞いてくれると言ったのは柚月だ。意を決して柚月を見る。
「寝る時に抱き締めてほしい」
「……え?」
「ダメか……?」
「いやいや! 全然いいよ! なんならトントンまでしてあげちゃう!」
驚いた顔を見て言わなきゃよかったと後悔しそうになったが快く了承してくれた。
トントンまでするなんて、俺は赤ちゃんかよ。と思いつつも言葉には出さない。
その日は久しぶりに安心して良く眠れた。




