少年と過去⑥【レオ視点】
「レオン! ねぇ、レオン!」
うるさい声に眉を顰める。夫人の声ではない。その娘の声だ。夫人には子供が二人いた。娘と息子。
「また、お母様にやられたの? 赤くなっているけど」
走ってやってきたお嬢様は腕まくりをしていた俺の手首を見て聞く。返事すら億劫で無視して歩く。
先ほど、夫人と一緒にいたが機嫌が悪かったらしい。ドアを開けてすぐ護衛の者に組み敷かれた。手錠をかけられたかと思えば、イライラした表情の夫人の手に鞭が握られており、察した。
二日前、ハウザー家のことで皇室に行くと言っていた。俺のことを保護している名目でハウザー家を自分のものにしようとしたのだろう。当主が幼い場合、公爵家にあるものは皇室が一時的に保護をする。そうして当主が成長したと認められれば、返上する。本来なら俺も皇室が管理する修道院で保護されるべきだが、夫人が一時的に預かっているということで皇室は納得したようだ。許可したのは公爵家同士なら修道院よりも公爵としてのマナーを学べるからだろう。
俺が大きくなるまでハウザー家の管理を夫人はしたかったはずだ。あの屋敷にはお父様の遺品を沢山あるし。皇室がハウザー家の管理を許さなかったのは正直ありがたい。管理されたらお父様の遺品は夫人のコレクションとなり、お母様の遺品は全て捨てられていただろうから。
「触るな……」
「心配してるのよ!」
何が心配しているだ。毎回、俺の記憶が飛ぶくらいの量の薬を食事に盛って楽しんでいるくせに。
「ねぇ、レオン。私、このままだと好きでもない人と結婚しなきゃいけないのよ」
「だから?」
「レオンがもう少し積極的になってくれればお母様も許してくれると思うの。レオンとの子ができればお母様も文句は言わないはずよ」
積極的になるも何も、俺はお前らのことが嫌いだ。一緒になる気はさらさらない。お嬢様は気付いていないだろうが、夫人は毎回、娘の料理に避妊薬を混ぜている。だから妊娠することはない。「夫人以外とは嫌だ」と言えば夫人は喜んで薬を準備してくれた。その言葉を言うのはどれほど気持ち悪かったか、過去の俺を褒めたいくらいだ。
「お嬢様と奴隷なんて合わないでしょ」
「ニアって呼んでって言ってるでしょ!」
「セオニアお嬢様」
嫌味ったらしく言えば、お嬢様は何も言わなかった。その代わり、腕を絡ませてきてお嬢様は笑った。
「この後、お茶会をしようと思うのだけれど」
肩にある爪痕が痛んだ気がした。
* * * * * *
夫人とお嬢様はお茶会に招待されたらしく朝から不在だった。今日は誰とも会わず、平和だと思っていたのに。勢いよくドアが開き、入ってきたのはファルツア公爵だった。
ファルツア公爵は気が弱い人らしい。元々は伯爵で、婿入りしたみたいだ。だから夫人の言うことには逆らえない。気が弱いと言っても自分より上の人間に限定されるが。
「お前みたいな! ガキが! ませてんじゃねぇぞ!」
何度も足蹴にされる中、俺は自分を守るために小さくなり頭を守ることことしかできなかった。
「お前もあの男と一緒に死ねば良かったんだ。クソ、アンナ嬢が生きていれば、今頃、ここにいたのはお前じゃなくてアンナ嬢だったのに」
もう何度目かわからない妄言をぶつぶつと言う。夫人に逆らえない男がお母様と一緒に暮らせるわけがない。夫人はお母様のことを死ぬほど嫌っているのに。どんな幻想を抱いているんだか。
ファルツア公爵家で休まる日なんてない。公爵に見つかれば今のように暴力を振るわれ、息子に見つかれば嫌がらせをされ、娘に見つかれば俺を離すまいとする。夫人に関しては見つかる云々ではなく気分だ。ある時はお父様の真似をして夫人を慰める。ある時はお母様が憎いと鞭を振るわれる。他にも色々。誰がマシなんてない。全員ちゃんとしたクズだと思う。
唯一、手当をしてくれた優しいメイドがいたが、それが夫人にバレてそのメイドは追い出されてしまった。そこからメイド達も遠目で俺を見るだけになった。
歯を食いしばり声を我慢する。痛みなんて慣れた、大丈夫。まだ我慢できる。と自分に言い聞かせる。他のことを考えれば痛みなんて我慢できる。
「なんで俺がお前を追い出さないかわかるか?」
「ぐっ…、わか、かは、……り、いっ、ませ……ん゛っ」
グイッと前髪を引っ張られる。髪の毛が抜けるんじゃないかと思うくらい力が強い。
「息子の代わりに戦場にやるためだよ」
ニヤニヤ笑いながら言う公爵。俺が嫌だと思うのか。こんな家にいるくらいなら戦場の方がマシだ。
公爵は騎士団に俺が虐められることを望んでいるんだろう。息子は確か、俺と同い年か。あと三年か。戦場に出るなら最低でも騎士として一年間は訓練しなければいけないはず。あの女共がすぐ俺を手放すはずがないから二年この苦痛に耐えれば、俺は騎士団と同じ宿舎に泊まれるだろう。それまでの辛抱だ。
最後の一発に思い切り腹を蹴られる。呻くと同時に胃液が迫り上がるがなんとか堪える。
満足したのか、公爵は上着のシワを伸ばして部屋から出ていった。
身体中がズキズキと痛むが自分で治療する気力もなく、そのまま気絶するように眠った。
過去編はここまでになります。
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