少年と過去⑤【レオ視点】
男二人組は人攫いだったようだ。目が覚めたら首、両手両足に枷がしてあった。血まみれの衣類は捨てられたのかボロいシャツを身に纏っていた。ここに来て何日経ったのかなんて薄暗い檻の中ではわかるはずがなかった。日々泣き叫ぶ子供が入っては出ていく。その繰り返し。
二、三日もすれば泣くのをやめる。諦めたように隅っこに座り、ただ自分の番が来るのを待つ。
向いの檻には沢山の子供がいるのに対し、俺は一人だった。檻の中に一人というだけで食事は他の子達と一緒でパン一つ。
「001番、来い。やっとお披露目の時だ」
小太りで宝石を沢山つけた男が俺の前に立つ。どうやら俺が呼ばれたらしい。首から繋がる鎖を引っ張られ檻から出る。ボロボロの布切れで視界を塞がれ、布を被せられたらば自力で歩くこともできず、大人しく鎖が引っ張られるほうへと歩く。
階段に転びそうになりながらも何とか歩き、鎖の引っ張られる感覚がなくなり立ち止まる。
「大変お待たせいたしました! 今回のこの少年は、今話題の公爵家の少年でございます!」
男がそう言うと会場がざわめき出した。ハウザー家が皆殺しにされたのが世に出回っているのだろう。
「ご覧ください!」
乱暴に布が取られる。俺の髪が見えたのか先ほどより騒がしくなる会場。
次に目隠しされていた布を外される。いきなり明るくなる視界に目を細める。
「さて、では、五千万か「一億!」
「一億五千!!」
「一億七千!」
司会者が言い終わらない内に次々と声を上げる。人ごとのようにその様子を見る。仮面で隠された顔。手に持つ番号の札を上げながら数字を叫ぶ人達。
闇市場の奴隷売り。会場に座ることがない思っていたが、まさか自分がステージの上に立つことになるなんて。と乾いたように笑う。
──カーン!
乾いた木製のハンマーの音が響く。
「五千億! 五千億落札ぅぅぅぅ!!!!」
興奮気味の司会者の声にやっと終わったことを知る。五千億。こんなお金をすぐ出せるのは貴族の中でも上位貴族。公爵クラスだろう。これだけの金があれば爵位も買える。どんなバカな令嬢なのかと顔を上げる。
札を上げていたのは燃えるような赤い髪──。
あの人は、確か、お父様の……。
「早く来い!」
「うぐっ」
いきなり鎖を引っ張られる。買い手がついたからステージから降りろということらしい。そのまま俺はファルツア公爵夫人が待つ馬車まで連れて行かれた。
* * * * * *
枷はそのままだったが鎖は外された。歩きにくかったから良かったと言うべきか。馬車に乗り、目の前に座る公爵夫人に目をやる。
シャロル・ファルツア公爵夫人。赤い髪に黄色の瞳。彼女はお父様の幼馴染であり、元婚約者だった。いや、お父様は婚約者はいないと言っていた。親同士が勝手に言っていた冗談だと。ただ、お母様と出会う前はよくシャロル夫人の相手役としてパーティーに参加していたらしい。
人に興味のないお父様らしいが、お母様と出会ってからはシャロル夫人と会うことはなかったと言っていた。
そんな人が何故、俺を?
「あなた、デリックに本当に似ているのね」
「……」
「色も一緒じゃない」
お父様の名前を愛おしそうに呼ぶ夫人。ああ、彼女はお父様のことが好きだったのだ。頬を撫でる夫人の手つきは優しいのに鳥肌が立つ。気持ち悪いと思った。俺をお父様と重ねて欲情している姿が。
「ふ、夫人が闇市場にいるとは思いませんでした」
「普段は行かないわよ。デリックの訃報を聞いて、その子供が見つからないと言うじゃない」
蛇に睨まれたような気分だ。鋭い視線に息を呑む。
「あの女だけが死ねばよかったのに」
──ガタッ。
夫人はいきなり立ち上がり俺に襲いかかる。首を抑えつけられ後頭部をぶつけた。
「かは……っ!」
「憎たらしいわ。半分はあの女の血が入っているんだもの。ねぇ、あの女はどうやって死んだのかしら? 苦しみながら死んだのかしら」
夫人は捲し立てるように言いながら俺の首を絞める。夫人の手首を握る。狭い馬車の中で俺の膝に跨り上から力を込められればいくら力が弱い女といえど、ちゃんと食事も取れていない状況の俺が勝てるわけがない。
「ああ、泣かないで。レオン。苦しかった? デリックは私に泣いている姿すら見せたことなかったわ。きっと泣く姿もとても似ているのでしょうね」
「ゴホッ! ごほ! ……はぁっ」
「ねぇ、私に色んな表情を見せてちょうだい」
「……っ」
「あの女に似ていなくてよかったわね。似ていたら殺していたわ」
心底嬉しそうに夫人は俺にキスをした。初めての感覚。ゾワゾワとする。気持ち悪い。こんなの知らない。
思わず手に力を入れる。ひんやりとした冷気が手に集まる感覚がした。魔法で人は殺せない。でも、牽制はできるはずだ。
ギュッと手首、足首、首ある枷が締まる。思いもよらない圧迫感に目を見開く。離れた夫人がニヤリと笑った。
「ダメじゃない。ご主人様を傷付けようとするなんて。魔法を使用しようとすると枷が締まるようになっているのよ。でもね、私は屋敷についたらこの枷を外してあげる。何でだと思う?」
「……知らないっ」
「もう、埋められているからよ。あなたのここに。制御装置が」
トンと肩を指差す。
「奴隷はね、皆、ここに制御装置が埋められているの。主人に刃向かえば電流が流れるようになっているわ。私が流したい時も流れるのよ」
ふふふ、と嬉しそうに笑い指輪を撫でる。指輪が電源であると見せつけるかのように。「おかえり、デリック。いらっしゃい、レオン」ぼそっと呟いて俺の胸から下へ指を這わす。気持ち悪くなり吐き出しそうになるのをなんとか堪えた。




