プロローグ
楽しそうに笑う自分。
あの頃は幸せだった。両親がいて、使用人達も皆、優しかった。人の悪意など受けたことがない。そんなお坊ちゃんだった。いつからだろう、それが崩れたのは……。
「おい! いつまで寝てやがる!」
バシャッと冷たい液体がかかる。ポタポタと髪や肌から垂れる水滴に水をかけられたことに気付いた。
「あ……、っ」
「全く! お嬢様を満足させることもできねぇのか。やっぱり卑しい奴隷なだけあるな」
喉が痛い。掠れた声しか出ない。いつものことだった。お嬢様の慰め役。俺が気絶したら男の使用人が来て風呂に入れる。入れると言っても床に投げ捨て、水を浴びせるだけ。
まるでペットにでもなったようだ。……いや、俺はペット同然か。人間以下になって二年が経つ。痣だらけの体と違い、顔だけは傷一つない。そりゃそうか。お嬢様は俺の顔が好きなんだから。起き上がろうとした時にふと映る鏡の自分の姿に思わず笑いが出た。
「何笑ってるんだよ、クソが!」
「ぐ……っ!!」
自分が笑われていると勘違いした使用人の癪に障ったらしく、足の近くにあった顔を蹴られる。そのまま何度も何度も蹴るが、それだけでは飽き足らず、髪を引っ張り水が溜まった浴槽に押し付けられた。
「死ね! 死ね!!」
足掻こうがちゃんとした食事ももらえてなければ、運動もしていない奴が使用人と言えど、お嬢様の護衛も兼任して鍛えている男に勝てるはずがない。
息もできず苦しいはずなのに、ふと楽になった。
──ああ、俺、死ぬのか。どうせ生きていてもこれからいいことなんてない。やっとこの地獄から解放される。