初夜(2)
「いらっしゃいませ、ご自由なお席に、」
「ぁ、はい」
戸惑いに思わず声が小さくなる。
声を掛けてきたのはカウンターの内側に1人立つマスターらしき人物。”らしき”というのは、彼の風貌が僕が持つ”マスター”の印象と違っていたためだ。マッチョな金髪坊主、ぴちぴちな白シャツに黒ネクタイの彼は私が想像していたマスターという人物像とかけ離れていた。普通マスターと言えば小綺麗なベストなどにスタイリング剤でびしっと決めた黒髪ではないのか、、、
「お飲み物どうなさいますか?」
夏用に冷やされたおしぼりを僕に渡しながら注文を聞かれる。この人がいわゆるマスターなのか?、、、そもそもほかに店員らしき人物はいないのだが。
いやそれどころではない、メニューはないかと周りを見渡すがイメージしているような冊子になったメニューはない。その代わりライトの下にホワイトボードがおいてあり少しばかりメニューと値段が書いてある。メニューがあることにほっとしたと同時に、モヒートという文字が目に入る。そういえばさっきの人がおすすめしてたな、
「、モヒートでお願いします。」
「モヒートで、かしこまりました。」
マスター?は何かしら作業に取り掛かり始めた。何とか一山超えたか、というかやはりこの人がマスターなのか、なんて思った僕はやっと周りを見渡す。
薄暗く、タバコの煙が漂うその空間は20歳を超えたばかりの僕にはかなり異質だった。そして立派なウッドカウンターとそれに合わせた背の高い椅子、棚にずらりと並ぶ見たこともないお酒の数々はまさに”Bar”というイメージに合っていた。店内には、さっき店先ですれ違ったおじさんとは違い意外にも同い年くらいの男性が2人だけだった。僕はタバコを吸わないため、彼らが出す慣れない煙に若干違和感を感じつつもこれが大人の空間か、、なんて感動していた。
しかし、棚にある無数のお酒に対してメニューは5つほどしかなく、これでは何を頼めばいいのか、、となってしまう。さっきのおじさんに感謝だな、なんて思っているとドリンクが完成したようだった。
「お待たせいたしました、こちらモヒートでございます。」
「ありがとうございます」
風貌にそぐわないおっとりとした口調と丁寧な所作でモヒートが目の前に置かれる。おー、やはりこんな風貌でもマスターはマスターなのか、なんて感動しながら手に取る。
初バーでの初ドリンク、しかも飲んだことのないモヒートなるもの、、、若干の緊張と共に口を付ける。