不思議な本屋の物語
★不思議な本屋★
この世界のどこかに、「心から救われたい」と願った人にだけ見つけることができるという、不思議な本屋があるという。
あなたが途方に暮れて、道をさまよい歩いたらきっと出会えるでしょう。
本屋「利宇古宇」を。
☆☆☆
いつの頃だろうか、僕の見る世界に不思議な音の旋律が見えるようになったのは。
その音の旋律はキラキラ光っていて、その旋律にふれると、とても素敵な音がして僕は夢中でその旋律と一緒に遊んでいたんだ。
でも、ある日外に出ると、今まで見たこともない暗い旋律が漂っているのを見た。
旋律の先には、目が血走った40歳くらいの男が何かをわめきながら刃物を振り回していた。
どんどん暗い旋律が増えていく。
「アウス!!」
僕を呼ぶ声が聞こえる。
けれど、僕は怖くなって混乱して走り回る大人の波の中で、岩のように動けずしゃがみ込んで耳をふさいでいた。
それでも、暗い旋律が僕にふれると人の悲鳴にも似た音が鳴る。
遠退く意識の中で、最後にふれた音は「誰か、俺を救ってくれ!」という悲しみと絶望の音だった。
「だれか・・・あのひとを・・・たすけてあげて・・・・・・ください」
僕のつぶやきは、誰にも届かなかった。
☆☆☆
それから僕は部屋にこもり、ひたすら好きな旋律を紡いで音楽を創りつづけた。
大きくなるにつれて僕に見える旋律は、他の人には見えないものだと知る。そして、その旋律はこの世界の「感情」のようなものなのだとわかった。
自然が紡ぐ旋律は本当に綺麗だ。
特にそよ風と、しとしと雨が紡ぐ優しい旋律は僕のお気に入りだ。
ずっと、こうして生きていきたいと思っていたがそうもいかないらしい。
ある日、僕の紡いだ音楽をどこかで聴いたお偉い人が突然家にやってきた。
「もっとたくさんの人に聴いてもらおう!そうすれば、君はずっと好きな音楽を創りつづけることができるし、成功することができるよ。私にすべて任せなさい!」
僕はこのままが続くなら、それでいいと思ったからうなずいた。
そして、そのお偉い人は僕の両親とも何か話をしていた。
僕の世界は壊された。
しばらくすると、たくさんの人が家に来るようになった。
そして、綺麗な旋律は暗い旋律に飲み込まれるように僕の目には見えなくなっていった。
僕の大好きだった音楽は・・・なくなってしまった。
それでも、諦めきれなくてもがいて、あがいていたけれど・・・
☆☆☆
気が付くと僕の目の前には、知らない街と「利宇古宇」と書かれた古い看板が目に入った。
「いらっしゃいませ!どんな本をお探しですか?」
突然古い木の扉が開いて、中からかわいらしい少年が出てきて僕に声をかけた。
「どんな・・・本?」
「はい!」
僕は驚いて、少年の質問が理解できなかった。
すると、少年は僕の手を取って本屋の中に導く。
「久しぶりのお客さんなので、嬉しいです!私のおじいさんが「この本屋は「心から救われたい」と願って本を探している人にしか来ないから、お客さんが来たらその出会いを大切にして一緒に本を探してあげなさい」と言っていたんです。引き継いだら、本当にお客さんが来なくて・・・。本を探しているんですよね!お手伝いさせてください!!」
「・・・私?」
少年ではなかったようだ。
髪も肩ぐらいしかないし、服装も白のTシャツにオーバーオール。どう見ても13~14歳くらいの少年にしか見えない。
「はい!私はヴェルと言います。女ですが・・・何か?」
「いや、何でもないです」
少年に見えたとは言えなかった。年齢も気になったが、なんだか聞いてはいけないような気がした。
「では、あなたはどんな本をお探しですか?」
どんな本を探しているのか・・・。
僕は何を探して彷徨っていたのだろう。
苦しくて、苦しくて・・・あの場所から逃げてきてしまった。
いや、なくしたものを見つけたくて探していたのかもしれない。
「う~ん。ではこの本はいかがですか?」
手渡された本には『星の王子さま』*1と書かれていた。
「星の王子さま?」
「はい!このお話は、遭難した飛行機のパイロットの「ぼく」と、どこから来たのかわからない「王子さま」との不思議なお話なんです。きっと、この本の中にあなたがなくしていたものを見つけるヒントがあるんじゃないかと思うので、読んでみてください!」
彼女は満面笑みで、本を差し出す。
そして、彼女からたくさんの美しい旋律が生まれているのが僕には見えた。
触れると、牧歌のような暖かい音。
僕の目から涙が一筋流れた。
(ああ、探していたものは「ここ」にあった)
僕は、夢中でその本を読んだ。
共に居場所を見失って遭難してしまった二人と、不思議な「星の王子さま」の出会いと別れの話。
そして、やがて二人にも別れがやってくる。
”「たいせつなことはね、目に見えないんだよ・・・・・・」
「うん、そうだね・・・・・・・」
「花だっておんなじだよ。もし、きみが、どこかの星にある花が好きだったら、夜、空を見あげるたのしさったらないよ。どの星も、みんな、花でいっぱいだからねえ」”*2
(そうだ。大切なものは気づかなかっただけで、ずっと僕の中にちゃんとあったじゃないか)
ぼくが本を読み終えて顔を上げると、数刻前と同じ笑顔で僕を見ていた。
「探しものは見つかりましたか?」
「・・・・・・・・はい。」
僕はその本を持って、僕の居場所に帰った。
☆☆☆
僕の周りには、相も変わらず暗い旋律がある。けれど、僕はその旋律もさまざまなキレイな旋律と合わせて音を紡ぐと、とても美しい音楽ができることを知った。そして、その音楽が広がるとそれを聴いた人々からキレイな旋律がうまれることも。
感謝を伝えたくてあの不思議な本屋を探したけれど、あの街のどこにもそんな本屋はなかった。街の人に話を聞いても、そんな本屋は知らない、ないと言う。
もしかしたら、僕は夢を見たのかもしれない。
けれど、僕の部屋には『星の王子さま』がある。
不思議な本屋は僕の目には見えなくなってしまったが、確かにこの世界にある。
彼女に届くように音楽を創り続けていこう。
僕の世界は「僕が見るもの、感じるものでできている」ようにできているのであれば、いま出逢えている「宝物」を見失わないように、大切にしていこう。
そう、運命の女神様の導きのままに。
「不思議な本屋」の章 fin.
【参考文献】
*1『星の王子さま』 サン=テグジュペリ (著) 1943/4/6
*2『星の王子さま』内藤 濯(訳)三水舎 2000/3/10 p122 23行目より引用