第5話 最終試験1
そして3日目。実技試験―
試験会場に朝早くから集められた受験者たちは、冷えた空気の中、これが最後の試験であることを分かっているからか、皆少し緊張と安堵が混じったような表情を浮かべていた。試験官が前の壇上に立ち、受験者たちを鋭い視線で見渡す。こげ茶の短髪オールバックで右眼に黒い眼帯をしている。今日の試験官はこれまでと違って歴戦の騎士といった風貌だ。昨日までの試験官たちも当然魔物との戦闘経験は豊富なんだろうが、この人は何かこう、死線を何度も潜ってそうな雰囲気がある。
試験官が自己紹介と共に最終試験の説明を始める。
「本日の担当試験官のコンラッドだ!最終試験は、君たちの魔力操作とチームワークを試すものだ。今後の訓練に耐えうる能力があるかを測るため、与えられた課題を協力してクリアしてもらう。良いな!」
受験者たちは一斉に返事をする。
「試験場にはいくつかの障害が用意されている。各自が持つ魔力を生かし、チームごとに属性を組み合わせるなどして突破しろ。」
コンラッドの指示で、受験者たちは5人一組のチームに分けられる。幸運にもオレとトーマスは同じチームになった。そして、各々が少し緊張しながら軽く自己紹介をしていく。
「トーマスだ。土の適性だが、今まで魔法は使ったことがないんだ。だからまあ、お手柔らかに頼む。よろしくな。」
「ルーカスです。氷属性で、オレも魔法は使ったことがないです。よろしくお願いします。」
「エレナよ。属性は火。私も魔法を使うのはこれが初めてよ。よろしくね。」
エレナは、
赤い癖毛ポニーテールで、毛先が所々跳ねている。
少しだけ細めの眉と、スンとした怜悧な目元。
細く通った鼻筋と、控えめな小鼻。
そして血色の良い唇。
一言で表すなら、クール美人という感じだ。
「ユーゴだ。オレも火属性で、魔法は少し使えるけど適性はあまり高くないんだ。よろしくな。」
ユーゴは金髪の緩いパーマの垂れ目イケメンだ。
身なりを整えれば貴族の子息といっても怪しまれなさそうだ。身長が高く細身で、外見を活かした仕事の方が向いてそうな気がしてしまう。
「ライラです。風の適性です、私も魔法は初めてです。よろしくお願いします。」
ライラは金髪のシースルーバングで毛先が外に跳ねている。
丸くぱっちりとした二重に長いまつげが似合う。
小さく控えめな鼻に、小さくも少し厚い唇。
ほんわかとした、かわいらしい雰囲気だ。
それぞれのチームが一通り自己紹介を終えたところでコンラッド試験官が壇上に立った。
「諸君、魔法というものは決して万能ではない。戦場では特にそれが顕著になり、制約も増える。そして、それぞれの属性に強みがあり、弱みがある。互いに補い、活かし合うことで難局を突破することが容易になる。各々肝に銘じておくように。」
皆の顔が引き締まったことを確認するとコンラッド試験官は壇上を後にした。
そして最終試験が始まった。
試験会場はその様相をすっかり変え、会場の端から端まで、土魔法で作られた大きく分厚い壁や、氷が張られた登坂に炎に包まれた地面、土魔法で作られた低い簡易的な崖もどき、そして横たわった大木など、あらゆる状況が想定された試験エリアが造られていた。それぞれのエリアには試験官が3人以上配置され、安全を確保されているようだ。
一見レクリエーションのようにも思えたが、これが魔法を使ってクリアしなければならない試験だということと、おのれが昨日適性を確認しただけの、魔法を使えないただの15歳だということを思い出し気を引き締める。
チームごとにその内一つのエリアに案内され、異なる順路でルートを進む。貴族チームは、いきなり氷の坂や、炎の地面など難易度の高そうなエリアに回されている。一方オレがいるチームはと言うと、横1メートル奥行き3メートルくらいの浅い窪みに水を張られたエリアに連れて来られていた。
「君たちにはこの水の上を濡れずに渡ってもらう」
はい?
「魔法の扱いは我々が指導するが、解決方法は君たちで考えてくれ。制限時間は特に設けていないが実際の現場は待ってくれない。焦らずに急ぐことだ」
魔法を扱う素質と機転の両方を見られているのか。
まず水の深さを確認するために、トーマスが水に手を突っ込む。
「水は本当に薄く張られているだけみたいだ、オレの土魔法で地面を盛り上げて進むのが良いと思うが、どうだ?」
オレの魔法で水を凍らせるという手もあるが、足元が滑ってより危険になってしまうだろう。
皆も異論は無さそうでトーマスの意見に賛成する。
皆の意見が一致したことを確認したトーマスが顔を上げる。
「それじゃあ、オレが土魔法で地面を隆起させて道を作ります」
「…それだけでいいのか?」
まるで不正解かのような試験官の言葉に一瞬固まる。
これじゃだめなのか?
「もしかして...」
エレナが何か思い付いたようだ。
「この薄い水なら、まず凍らせて、その次に土魔法で氷を割って道を作るんじゃないかしら。それなら、ぬかるんで足場が悪くなることもないわ」
確かにその案なら確実に渡れるし、課題の『濡れずに渡る』というのもクリアできる。
「うむ、正解だ」
試験官から正解を貰えたことで皆の顔から安堵がこぼれる。
「では早速魔法の指導を始める。トーマスとルーカスは前へ。」
「「お願いします!」」
「よろしい。まずは魔力を腹から掌まで集めてみろ」
昨日の感覚を思い出し、ゆっくりと腹から腕へ、腕から掌へと魔力を流していく。
「……そうだ。良し、トーマスはそのまま待機だ」
「わかりました」
「ではルーカス、掌の魔力を大きく外へ広げるイメージで、一度手を叩いてみろ。」
言われた通りに、掌から魔力が大きく拡散されるイメージをしながら、手を合わせるように叩いた。
すると、今まで掌にある分しか感じられなかった魔力が爆発したように広がり、文字通り爆発的に増えた。
まるで自分魔力に包まれているようだ。いや、実際に包まれているのだろう。
「これが魔法を発動する準備段階だ。自分の体を使って音を鳴らすことで、自分の魔力を音に乗せて広げるんだ。そうすることで、空気中にあるエーテルを自分の魔力として扱える。」
何を言ってるのかさっぱりだが、とりあえず魔力を手に溜めて音を鳴らすと魔力が増えるってことか。
だから昨日の美人試験官は指を鳴らしていたのか。ただのカッコつけではなかったらしい。
「まあ、入団試験に合格すればそこはちゃんと勉強することになる。今はそういうものだと思っておいてくれ。
では、次の段階だ。」
「お願いします」
「うむ。つぎは、その広がったお前の魔力を水の中に集める。周りのある小さな小さな粒が、一斉に水の中に集まっていくイメージでやってみろ。」
これも言われた通りにやってみる。すると、オレを包んでいた沢山の魔力がゆっくりと吸い込まれるように、窪みに張られた水に移動していくのが解る。
「よし、出来たな。そのあとは、凍らせるだけだ。これは慣れるのが一番大事だからな。お前の適性だ、言わずとも解るはずだからやってみろ。」
今まで通り、凍らせるイメージをするだけだろうと思ったが、なるほどこれは感覚で慣れていく必要があるな。凍らせるというイメージだけでは、凍りはするが非常に遅いし、魔力を意識するだけじゃ何も起こらない。魔力や水を冷やして凍らせ、その範囲、強度、形状まで明確にイメージしなければならないらしい。そのうえで自分の魔力のどこが凍っているか、いないかを知覚していなければ上手くいかない。
____やっとの思いで凍らせたが、5分以上掛かってしまった。
頭が疲れたのか、初めての魔法だというのになのに、達成感があまり感じられない。
「よくやった、初めてにしては上出来だ」
「ありがとうございました」
この範囲を凍らせるのに五分以上か。魔法を実戦で使えるのは実はほんの一握りなんじゃないだろうか。
「次は、トーマス。魔力は維持できているな」
「はい、よろしくお願いします」
「よし、まずは・・・」
トーマスも同じように説明を受け、四苦八苦しながら、魔法発動の段階まで漕ぎつけた。
「では・・・いきます!!」
威勢のいい宣言とは裏腹に、ムムム…と唸りながら魔法を発動していく。
徐々に氷の中央にひびが入っていき、氷を左右に割って三角柱を横にしたような岩塊が現れた。
そして岩がひとりでに崩れ、平らな道が出来上がった。
初めてとは思えない派手な魔法に皆が感嘆の声を上げる。
トーマスが額に汗を浮かべながら出来を問うた。
「どうでしょうか」
「素晴らしい。初めての発動で形態変化もしっかりできている」
「ありがとうございます!」
トーマスが造った岩の道を踏みしめ、オレたちは三メートルの距離を渡った。
歩くだけで達成感を感じられる道は初めてだ。
__________次のエリアに現れたのは、割られていない薪1つだけ。
「この薪を使って焚火を囲んで、水を飲みながら一休みしろ。」
・・・はい?