閑話 赤いクセ毛のお花屋さん
「いらっしゃいませぇ!」
「あら、かわいいお花屋さんねえ」
週に一度お花を買ってくれる商家の奥さんが、頭を撫でてくれる。
私の家は少し貧しくて、子供の私も奉公に出ている。
私を雇ってくれているこの花屋は【エプイ・フローレ】という。
王都の広場の近く。少し細い道に入ってすぐのところにある。
それなりに大きなお店で、中々の人気店。
ここの奥さまは、私を可愛がってくれるとても優しくて綺麗な人だ。
旦那様も、行商から帰るたびにお土産を買ってきてくれる少し太っているけど優しい人。
旦那様は、王都以外にもお客様を抱えていて毎月のように自前の馬車に乗って行商に行く。
一度王都を出てしまうと、半月くらい帰って来ない。
なので、お店は奥様と私の二人で切り盛りしている。
*
【エプイ・フローレ】で働き始めてから5年後のある日、旦那様が行商に向かうため馬車にお花を積んでいた。
「あなた、本当にエルマトへ行くの?道中にオオカミの群れが出たって噂よ?」
「心配ないよ。馬車も頑丈だし、馬たちもいる。私も防具を着込んでいくからね。それに、あの街には一番のお得意様がいるから、無碍にはできないんだ」
「そう・・・。お願いだから、気を付けてね?」
「もちろん。君を置いて先に逝くつもりはないよ」
そう言って、旦那様はエルマトという王都から真東の方向にある遠い町へ出発していった。
それから半月以上。
いつもだったらもう旦那様は帰ってきているはずなのに、その気配がない。
奥様は不安を隠すように「きっとお得意様のとこで長居してるのよ」と言うけれど、奥様のことが大好きな旦那様に限ってそんなことはないと思う。
もしそうだったとしても、手紙の一枚くらい寄越すと思う。
何かあったんじゃないかという私の不安は、的中してしまった。
それから二日後の昼に、数人の騎乗した騎士が一台の馬車を引いて訪ねてきた。
奥様と話がしたいと言うので、店の奥で剪定していた奥様を呼ぶと、私は奥様と交代するふりをして聞き耳を立てた。
「フリオーノさんの奥様で間違いないですか?」
「え、ええ・・・。主人に何か?」
「非常に申し上げにくいのですが・・・ご主人は亡くなられました」
「え・・・」
「エルマトから、王都に向かう道中で遺体が発見されました。首の傷から、狼の群れに襲われたものと推察されます」
「・・・」
「ご遺体は、今朝安置所へ運ばれましたのでご対面なさって・・・」
「いや・・・いやあぁ・・・!!」
奥様はその場で膝をつき泣き崩れてしまった。
私は思わず駆け寄り、奥様の肩を抱いて騎士の人が言おうとしていた続きを代わりに聞く。
そして騎士団の馬車に乗り込み、奥様に寄り添いながら一緒に遺体安置所へ向かった。
王都内の北西端にある騎士団が管理する遺体安置所。
石造りの建物で、地下にあるという。
入り口から階段が始まっていて、空気がひんやりとして寒い。
暗い階段を下りて、最低限の灯りだけが灯る広い空間に出た。
そこに均等に並べられた無数の石台の一つに、ポツンと布が被せられた遺体があった。
「こちらです。どうぞ、迎えてあげてください」
「ああ、あなた・・・」
奥様が布をめくると、眠るような穏やかな顔の旦那様が居た。
その首の左側には、生々しく大きな傷があった。
発見された時、旦那様は奥様と二人で撮った写真が入ったペンダントを握りしめていたという。
奥様は涙を流しながら、旦那様を抱きしめた。
*
それからすぐに葬式は行われ、旦那様は骨になって奥様の元へ帰った。
お店は畳まれ、奥様は王都にいると辛いからと言って、どこかへ引っ越して行った。
旦那様を襲ったオオカミの群れは、騎士団が討伐しに向かったらしい。
この世界が危険で溢れていることなんて知っていたけれど、自分の身近でそれが起こるなんて思いもしなかった。
それと同時に、騎士団がそういう危険を私たちから遠ざけてくれていることを知った。
だから私は、平和を守る騎士になると決意した。
旦那様のように、危険に合う人が少しでも減るように。
奥様のように、悲しみに暮れる人が少しでも減るように。
数カ月後、私は騎士団訓練生になった。
最後に奥様にもらった、小さな赤いシュシュで髪を束ね、靴を履いて家を出る。
この国で暮らす善良な人たちを守るために、今日も頑張らなくちゃ。




