第39話 騎士団昇格試験 9 「門出」
王都の大門をくぐると、いつも通りの風景。
白亜の城壁と王城。
どこよりも活気にあふれ、色彩豊かな街並み。
行き交う人々が、オレたちのためにわざわざ道を開けてくれる。
大通りの脇に、小さな子供たちが数人で固まってこちらを見ていたので、思わず手を振ってしまった。
すると子供たちは大きな笑顔を咲かせ、両手をブンブンと振り返してくれた。
手前の前歯の抜けた男の子の笑顔が眩しい。
よく見ると腰に自作であろう歪な木剣が差してある。
昔のオレと重なる。
どうか彼に魔法の素質がありますように。
そう願わずにはいられなかった。
しばらく馬に揺られ、差し掛かった大きな十字路では左から貴族の馬車がやってきた。
王都内においては、緊急時を想定して、相手がいかに偉くとも騎士団の通行が優先される。
止まってくれた相手の貴族の御者に敬礼をして先に通り過ぎる。
ちなみに騎士団の敬礼は、魔法を発動する意思がないことを示すために口を閉じて、一瞬だけ掌を開いて相手に見せた後指先を閉じ眉の横に持っていく。
そうして、通い慣れた訓練場へ到着する。
馬を降り、礼を言ってから世話係に手綱を預ける。
「お疲れ、ありがとうな」
返事をするように一息吹いた後、馬舎に戻っていった。
全ての馬たちが戻っていき、馬車はメンテナンスのために訓練場の前に幌を外して置いておく。
全員が整列し、教官たちが並ぶのを待つ。
セレーネ教官もジルス教官も横一列に並び、最後にコンラッド教官が真ん中に立ち、一歩前へ出る。
「傾聴!!」
他の教官の声でオレたちは改めて口を閉じる。
そしてコンラッド教官が、オレたちを見回した後で話し始めた。
「約一週間の遠征、ご苦労だった。そして、大型魔獣の討伐をよく達成した。この功績を以て今期訓練生は全員、王国騎士団員へ昇格とする」
全員昇格の言葉を聞いた瞬間、空気が一気にざわついた。
勿論、声は上げない。
皆の喜びを叫びたい気持ちが空気を揺らしたのだ。
「また、駐屯兵として希望の地域に出向したい者は後で申し出るように」
これでトーマスもユーゴも希望が叶った。
嬉しいに決まってる。苦楽を共にした仲間みんなが報われたのだから。
「大型の魔獣を訓練生のみで討伐せしめたのは、訓練生制度が始まって以来初の大快挙だ。我々教官陣も君たちを誇らしく思う。ただ、敢えて言わせて貰うが、正式な騎士団が相手取る魔物はあの大型魔獣の比ではない。これを見ろ」
そう言ってコンラッド教官は右目の眼帯を外す。
眼帯の奥にあったのは、大きく窪み黒く変色した瞼だけだった。
「これは、とある魔獣に付けられた傷だ。右目を潰されただけで、この一つの傷たったそれだけで私は、前線を退くことになった。片方の視界が見えなければ仲間に負担をかける。そして、私がかけたその負担のせいで・・・大切な仲間が命を落とした」
先ほどの空気が嘘のように霧散する。
セレーネ教官を見ると、俯いて唇を嚙んでいるように見えた。
「勿論分かっているだろうが、改めてそういう死と隣合わせの状況に身を置くという事を忘れないでほしい。そして君たちならば、これからの騎士団を背負っていける存在になれると私は確信している。今まで通り、今まで以上に訓練に励み自己研鑽し、王国を守るために高みを目指してほしい。改めて、昇格おめでとう!!・・・以上を以て私からの訓示とする」
「「「有り難う御座いました!!」」」
声を揃えて敬礼する。
教官たちも敬礼で応えてくれる。
最後に大きな覚悟と期待を貰った。
そのあとは駐屯兵として働きたい者が呼ばれ
トーマスとユーゴが名乗り出る。
他にも全体的に四分の一くらいが名乗り出ていた。
皆故郷を守りたいのだ。
そして、今後の予定を知らされる。
色々な手続きのため一週間は休暇になるらしい。
氷魔法部隊だけは専用の馬を見繕うために休暇最終日に、馬の行商人が手配される場所へ集まることになった。
そうしてこの日は解散した。
トーマスとユーゴは今日から荷物をまとめて明後日に王都を発つらしいので、その日に全員で見送ることになった。
まだ明るい午後だが、久しぶりに家に帰ると家族に抱きしめられて愛情を感じた。
*
2日後の朝。
朝一の鐘が鳴った後に家を出た。
トーマスとユーゴは、朝二の鐘の馬車で出発してしまうから、早めに行くことにしたのだ。
大門へ到着すると、馬車の停留所にすでにトーマスとユーゴがいた。
手を顔の横まで上げると、向こうも気づいて手を上げた。
「二人とも早いな」
「なんか眠れなくてよ」
「はは、オレもだよ」
少しして、テレーズ、ヴィンセント、ロイ、エレナ、シエラ、ライラの順で集まった。
皆でワイワイと、多分小一時間くらい話していると朝二の鐘が鳴った。
「じゃあな、お前ら絶対死ぬなよ!」
「みんな遊びに来てよ、サービスするからさ」
二人が別々の馬車に乗る。
トーマスは東方面、ユーゴは西方面。
馬車が発車する直前、エレナが思い出したように言った。
「トーマス!手紙送りなさいよね!」
「おう!」
・・・おお??マジかいつの間に!
皆で囃し立てると、エレナの顔が少し赤くなった。
馬車が大門を抜けるまで、皆で手を振り続けた。
そんな、楽くも寂しい見送りが終わると、シエラが言った。
「なんか、門出って感じね」
「ああ、そうだな」
「実際、門を出た」
「まあ、それはそうだが」
真面目なのか冗談なのか分かりずらいテレーズの言葉にヴィンセントが合わせている。
そのあとは名残惜しむように解散した。
貴族の2人はやることがあるそうで、テレーズは教会の手伝いがあるそうだ。
皆の再会がいつになるかは分からないが、それを一つの願いとして胸に刻む。
オレはオレで家に帰り、久しぶりにパン屋の手伝いをする。
店前に立ってお客さんを呼び込んでみると、不思議なくらい当時の感覚が蘇った。
今はこの役目を弟が担っている。
店仕舞いを終えて、家族で夕食を取る。父さんが作ったパンは、金の暁亭やホテルジュベルックよりも美味しかった。
夕食を済ませて、自室へ戻り窓を開けると、夜の冷たい空気が頬を撫でた。
静寂に包まれる街を眺め、考える。
オレは騎士になった。
夢を掴んだんだ。
だが何故か不思議と、その高揚感は薄い。
きっとそれ以上に叶えたい夢が出来てしまったからだ。
そしてこの5年間で騎士の現実を知ったからだ。
大切な人を、街を、王国を守る。この氷魔法で。
そう誓って、オレは魔力の宿る手を強く握った。
これにて第一章 訓練生編終了です!!




