第34話 騎士団昇格試験 4 誘引
翌朝、オレたちは防壁内門の前に整列していた。
これから始まる大草原の魔物討伐。
不思議と緊張感はない。
たるんでいるわけではないのだが、静かに燃えるといった感じだ。
ここに居合わせた人々や宿の従業員の人たちが見守る中、内門の三つの閂が取り外され、重苦しい軋む音を立てながら押し開かれていく。
街の人たちの声援を浴びながら、オレたち訓練生と教官たちは門の中に入る。
枡形門の中は十数メートルの高さに囲まれた無機質な袋小路で、ここに閉じ込められただけで戦意喪失しそうなほどの絶望感がある。
そんな門内で陣形を作っていく。
最初の遠征の時とほぼ同じ、ただ横並びを重ねただけの基本陣形。
まず土魔法部隊が前四人、左右後ろそれぞれ三人で本隊を囲むように並びぶ。
その内側に前から前衛と雷が十一人、火が十五人、風が十人と水が二人の順に並んでいる。そして火と風との間にセレーネ教官が1人入り、現場を見守る。
全員が軽装備だが、トーマス含む最前列の土魔法部隊だけは一応、貸与された大盾を持つ。
そしてオレたち氷魔法部隊十二人は騎乗して本体の左右に六騎ずつ、ピラミッド状に並ぶ。
左翼の先頭はオレ、右翼の先頭はシエラが務める。
教官たちは外門の外で待機して、オレたちの帰りを待つことになっている。
魔物の討伐は全滅を狙うものではないが、目標討伐数は四十体。期限は日没まで。
これは教官から課せられたノルマだから、クリア可能な数ではあるんだろう。
満を持して外門に通された一つの大きな閂が駐屯兵たちによって外される。
重くゆっくり、ジャリジャリと砂を引きずりながら門が開く。
少しずつ広大な草原が姿を現す。
今日は快晴。こちらからも敵からも、互いがよく見える。
いよいよだ。
「これより騎士団訓練生による魔物討伐作戦を開始する!」
「「「了解!!」」」
「進軍開始!!」
ヴィンセントの号令と共に、オレたちはしっかりと足並みをそろえ大草原へと踏み出した。
*
行進すること十分少々、近くに魔物は見当たらない。
昨日兵士たちが、この近辺にいた魔物を仕留めてくれたのだろう。
そろそろ魔法を放っても防壁に被害が及ばない距離だ。
振り返ってヴィンセントと目を合わせ頷く。
「進軍停止!ここで魔物を迎え撃つ!」
「「「了解!!」」」
「風魔法部隊、魔力干渉開始!氷魔法部隊、魔物の捜索及び誘引を開始せよ!」
早速オレたちの出番だ。
「了解!氷魔法部隊、魔物の捜索及び誘引を開始します!」
声を張った後、シエラと頷きあう。馬を休ませるために交代で誘引を行うので、シエラ隊は待機だ。
「はっ!」
馬の脇腹を蹴り、合図を出す。
オレたちは左方向へ広大な草原を走り出した。
どこまでも続いてると錯覚してしまうほどの広大さ。
太陽のおかげで気温が少し暖かいから、風を切る感覚が気持ちいい。
馬も走るのが気持ち良さそうだ。
左の遠くの方にバイソンの群れが見える。
見た感じ、あの群れに濁りの影響はなさそうだ。むしゃむしゃと草を食んでいる。
特に近づく必要もないので、そのまま群れを横目に通り過ぎる。
次は右前方に群れが。その群れは遠目から見ても真っ黒で、靄のようなものを纏っているように見える。
いきなり当たりを引いた。
決闘に敗れ群れから追い出された、哀れな魔物バイソンに復讐されて、群れごと汚染されてしまったのだ。
魔力感知はこいつらを完全な魔物だと教えてくれる。
全部で8頭。ひときわ大きな奴が一体混じっている。
あいつが復讐者、且つ今のボスだな。
後ろの仲間たちに手信号で合図をする。
オレ以外は皆右利きなので、反時計回りに群れを一周して弓矢で注意を引いてもらう。
魔法を使えば何頭かは倒せるだろうが、これは試験。
本隊の元へ引き連れ、協力して倒すというのが大事なのだ。
群れの周囲を大きく浮くように走りながら、ショートボウを扱う仲間たちが数本の矢を放つ。
当たらなくていい。こちらに注意を引きさえできれば。
放たれた数本の矢は、群れの範囲に見事に降り注ぐ。
ひと際大きな体高四メートルほどの暫定ボスの尻に一本、プスッと刺さり、こちらに視線を向けてくる。
「来るぞ・・・」
怒りの咆哮を響かせて頭を振り、苦痛に満ちた哀れで醜い顔をこちら向け、殺意をむき出しにする。
それに呼応した周りの群れも臨戦態勢に入った。
脚を漕ぎ、今にも突進して来そうだ。
手信号で「加速」の合図を行う。
同時に魔物が群れ全体でこちらに向かって走り出した。
手綱を強く引き、脇腹を蹴り、一瞬の嘶きと共に加速する。
全速力の鬼ごっこが始まった。
腰を浮かせて振動を最小限に、前傾姿勢で面積を最小限に。
猛スピードの全力疾走。
これまで以上に風圧が強い。
空を切る音で耳はいっぱいだ。
顔をなるべく伏せて呼吸はできるように。
風に舞う草があっという間に後方へ追いやられていく。
振り返ると、全力で追いかけてくる漆黒の塊が。
しかし、魔物といえど牛。
馬には到底追いつけない。全力なら尚更だ。
少し距離を調整するために蛇行する。
牛共は一直線に追ってくる。いい感じの距離感だ。
程なくして本隊が見えてきた。
合図用の警笛を全力で吹き、知らせる。
やや右前方で火魔法の熱源生成が始まった。
本隊の数百メートル前方にうっすらと光の玉が現れ、徐々に明るく大きくなっていく。
あまり近づきすぎると火傷してしまう。
少し熱源から離れるように走行ルートを調整し、爆発に巻き込まれないよう蛇行をやめて牛共を一気に引き離す。
ここから一直線に走り抜く。
そして熱源を通り過ぎるとき、シエラ隊が爆発から逃げるように向こうへ向かって走り出した。
そして、本隊は土魔法部隊が大盾を構える。
準備万端だ。
通り過ぎてから十数秒。振り返ることなく走り続ける。
そして、
――地面を打ち崩す程の轟音が、後方から響いた。




