第29話 キャンプと猛獣と試作の剣 3
野営地から小一時間、無事に下山したオレたちは入山口の兵士に話を通し、共に入山受付の建物へ。
中へ入ると、昨日の女の子が迎えてくれた。
「お帰りなさいませ!キャンプはどうでしたか?」
「実は報告があって・・・」
同行する兵士をみて少し怪訝な顔をするも元気よく迎えてくれる彼女に入山証を返し、今朝の事件を報告した。
一連の顛末を聞くと、すぐに奥に引っ込むと父親らしき人と出てきた。
「だ、大丈夫でしたか!?」
「ええ、この通り、全員無事です」
ヴィンセントが代表して答える。
「ああ、まずはご無事で何よりです」
「ありがとうございます」
ヴィンセントが父親らしき人にもう一度説明し、討伐の証拠にと切り取った耳と牙を見せる。
この耳と牙は、後で同行してくれた兵士の人に渡してしまう予定だ。
「いやあ、本当にありがとうございます。これで一旦は熊に怯えなくて済みますよ」
ひとしきり感謝された後、村の入口近くの宿屋に無料で一泊させてもらえることになった。
どうやら宿屋の主人も兼任していたらしい。そして、やはり女の子の父親だった。
そして話はすぐに駐屯兵たちに伝わり、一人が王都に向けて早馬を出して駆けていった。
宿屋の主人はボッツさん、娘の方はチナさんというそうだ。
ボッツさんに案内され、村の入り口の方へ。
二階建てのレンガ造りで、全体的に赤茶けた建物に到着する。
手前の小さい芝生に色とりどり花が咲いている。
扉の上の看板には『クルトンの宿』と書いてある。ボッツさんの苗字だろうか。
中へ入ると、宿というよりもかなり広い民家といった雰囲気の内装で、手前右には2階へ上がる階段が、左にはテーブルと六つの椅子が置いてあり、奥に受付台がある。
ボッツさんはその受付台に立つ女将さんとバトンタッチして宿を後にした。
「この度は本当にありがとうございました、どうぞゆっくりお休みになってください」
そう言って女将さんが一番広い二部屋を用意してくれていたので、男女で部屋分けをした。
時刻は昼過ぎ。まだまだ明るいが、向こうの空が少しだけ赤い。
今日はゆっくりすることに決め、皆思い思いの過ごし方をしている。
オレとロイは室内でもできる魔力制御の訓練。
トーマスは裏庭でトレーニング、ユーゴは短剣や防具の手入れ。
ヴィンセントは散歩へ。
空気がこもっている気がしたので窓を開けると、爽やかな風と一緒に女子たちの笑い声が聞こえてきた。
そして夕食時。全員ロビーへ集まり入り口を背にして右側の、『食堂』と書かれた部屋へ入る。
こじんまりとしたスペースで、長テーブルが3つ平行に並んでいる。椅子ではなくベンチが置かれていてその真ん中のテーブルに座った。すぐに給仕の女性が料理を運んでくれる。
出てきたのは、ニンジンや玉ねぎ、ジャガイモがたくさん入った野菜のコンソメスープ、食パンにロールパン、フォカッチャなどの数種類のパン、ザワークラウトとピクルスだ。
事を知っているからか、肉が入っていなかったのがありがたかった。
夕食を終え、食堂で一休み。この後は風呂に入る予定だが、ここはひとつの浴場しかなく予約制になっている。なので男女で時間を分けて入ることになった。
しばらく雑談をしていると、直近の客が出たと従業員の男性が呼びに来てくれた。
「じゃ、先に入るわね」
シエラがそう言って、女子四人で浴場の方へ向かっていった。
小一時間して、ロビーの方から話声が聞こえてきた。ふと目を向けると、女子たちが髪をタオルで軽く拭きながら食堂に入ってきた。頬はほんのりと上気し、湯上がりの柔らかな光沢した肌が目を惹く。彼女たちの髪はまだ濡れたまま肩に落ち、滴り落ちる水が襟元を濡らしていた。
「やっぱりお風呂って最高ね」
シエラはベンチに腰を下ろすとタオルを頭に巻きつけ、ていねいに髪を拭き始めた。その仕草の無防備さに、普段の凛とした雰囲気とは違う淑やかさを感じた。
「・・・どうしたの?」
シエラが怪訝そうな顔でこちらを見た。どうやら、無意識にじっと見つめてしまっていたらしい。
「あ、いや、なんでもない」
ごまかすように目を逸らすと、彼女は不思議そうに首をかしげながらも、それ以上は追及してこなかった。
交代で女子たちは先に部屋に戻っていった。
オレたちが風呂に入る番だ。脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。
綺麗に畳まれているヴィンセントやロイの服、脱ぎ散らかされたトーマスの服、適当に丸められたオレとユーゴの服。それぞれの性格が表れていた。
中へ入ると、真っ白な湯気と石鹼の香り。少し狭いが男五人がまとまって入れるくらいの浴室。
三つの洗面台を交代で使い、5人で湯船に浸かる。
「あ”~、気持ちいいな!」
「まったくだ」
「癒されますねぇ」
「生き返るって感じだね」
「ああ、本当にな」
風呂を出た後、部屋に戻り室内にヴィンセントの風魔法とユーゴの火魔法を組み合わせた温風を吹かせて全員の髪をまとめて乾かしていく。
髪が乾ききる頃には、部屋がすっかり蒸し暑くなっていたので、窓を開いて涼風を呼び込む。
広いベッドが二つしかなく、男同士で同じベッドで寝るのも気持ち悪いので、ヴィンセントとロイがベッドへ。他の三人は床へ雑魚寝をすることに。
「じゃあ、消すぞ」
オレは魔法の照明具を消し、床に敷いた布団に横になる。
硬い床で寝るのはキャンプで慣れた。思考を意識的に手放し、無心になると簡単に眠れた。
*
翌朝、ボッツさんの奥さんの女将にお礼を言って宿を出る。天気は曇り。なんとなく土の匂いがするから雨が降るかもしれないな。
オレたちはしっかり起きられたが、女子たちは夜更けまでおしゃべりしていたらしく、全員眠そうだ。
いつもは整えているテレーズの紫の髪やライラの金髪も、寝癖が付いている。シエラは二つ結び、エレナはポニーテールなので寝癖はなさそうに見えるが、まぶたが重そうだ。
王都行きの馬車に乗り込み、出発する。行きは一緒だった知り合いのおじさんは居ない。
馬車が進み始めてすぐに、数人小隊の騎乗した騎士たちとすれ違う。
これから色々と調査が始まるだろうが、オレたちにできることはない。
帰りの馬車内はやや静かで、オレとヴィンセントが話している以外は誰も会話をしていない。
トーマスも外を眺めて物思いに耽っているように見えた。
女子たちは眠っていて、馬車が揺れるたびに首が辛そうだ。
数時間後王都に到着する。馬車を降りると同時に雨がポツポツと降り始めた。
「また明日」と解散し、皆急ぎ足で帰っていく。
あの時熊に喰われたのが誰なのかは何となく見当がついているが、魔物が跋扈するこの世界だ。
珍しいことでもないだろう。
複雑な気持ちを抱えて、オレは歩き出した。




