第28話 キャンプと猛獣と試作の剣 2
また長いです。
「クマだぁー!!」
遠くから聞こえる悲鳴の方向は大体南西。この位置から反時計回りに迂回しなければならない。
先行する部隊と本隊に分かれることになった。
「オレとユーゴが先行する。ライラかヴィンセントもついてきてくれ」
「わかりました。私が行きます!」
「オレが殿を務めるぜ、ロイはオレから離れるなよ」
「わかった」
トーマスが最後尾の警戒とロイの護衛を務めてくれる。
オレとユーゴとライラは、もう一度防具の装着確認をした後、先に出発した。
道なき道を、ユーゴが先頭になり短剣で切り開いていく。後ろを振り向くと、テレーズを先頭に仲間たちが三十メートルほど距離を空けて付いてきている。
なぜ先行隊と本隊が分かれるのか。
今回の場合は偵察、進路確保、戦力分散が主な目的だ。
藪を抜け、木々の乱立する斜面に出た。そこそこ見通しが立つため、周囲に気を配りつつ急ぐ。
斜面はきついが木の根が所々露出して絡まりあっているので、それを上手いこと足場にして踏破していく。途中、立ち止まって木々に隠れながらライラに魔力を広げて探査してもらう。熊に気取られないよう声ではなく鳥の鳴き声を真似した口笛で探査する。
「・・・居ませんね。もう少し進んでみましょう」
「「了解」」
それから体感五分置きに探査をしながら進んでいく。二回目の探査、野営地からだいぶ離れた。
これだけ時間が経過してしまっては、悲鳴の主を救出することは難しいだろう。
そして三回目の探査、ライラが呟く。
「・・・見つけました」
「どこだ?」
「左斜め前方。距離は約七十メートル。かなり大きいです」
隠れている大木の後ろから顔を出してその地点を確認する。かなり遠くの、乱立する木々と薄く広がる藪との間に黒い影が見えた。熊の大きさは分からなかったが、ここを少し下った斜面のなだらかな地点から血痕が続いているのが見えた。血の量からして、残念だがもう手遅れだろう・・・。
今日はいい天気だというのに嫌なことになったものだ。
「了解、慎重に行こう。ユーゴ、気をつけろよ」
「ああ、わかった」
ここからは慎重にゆっくりと進む。徐々に低い呻きのような鳴き声に近づいていく。
おそらく距離はもう二十メートルもない。ここまで来たらオレでも感知できる。
魔力の感じから言って体高が百七十センチくらいか。デカいな・・・。
立ち上がったらあの狒々鬼と同じくらいなんじゃないか?
こいつが魔物になったことを考えるとゾッとする。狒々鬼が比較的弱い魔物なのは本当らしい。
藪を切る音で気づかれてはここまで慎重に来た意味がないので、オレたちは見晴らしのいい場所を探して迂回する。
藪が途切れ、木々の間に戦闘を行えるだけのスペースを見つけた。そして熊を視認する。
ひと際大きな木の根元で、何かを夢中で貪っている後脚と尻尾が見えた。
それはやはり巨大だった。茶色の毛皮に、分厚い筋肉と脂肪に守られた体躯。体長はおそらく三メートル弱、体高は百七十センチくらい。
奴の口元には襲われたであろう人間の手らしき塊が。
今まさに喰われている所か。血などの匂いが酷い。
この臭いはまだ慣れないな・・・。吐き気がする。
クマに気づかれていないことを確認し、一旦離れ本隊と合流する。
奴の情報を共有する。今回は正面切っての戦闘は難しいこと、初撃を加える前に気付かれるのは最も避けたいこと、敵は魔力を使用した行動を取らないことから、声を使っての魔力干渉は省略することになった。
さらにあの熊の重さでは突風で飛ばすことも叶わない。
火魔法の爆発は周囲の生き物にも影響が大きいため残念ながら却下。
ということでエレナとヴィンセント、ライラはロイの護衛となった。
今回の戦闘要員はオレ、シエラ、ユーゴ、トーマス、テレーズの五人だ。
「初手はオレの泥沼とテレーズの雷撃が最適だと思う」
「任せて」
「わかった。初手を食らわせた後はオレとシエラが沼を凍結させる。奴の行動を封じられたら氷槍で止めを刺そう。氷槍は時間がかかるからシエラにはそれに専念してもらいたい。上手くいかなかったら接近戦しかないが一撃離脱を徹底しよう。その時の切り込みはユーゴに頼みたい」
「了解だ」
作戦会議の後、各々配置につく。
テレーズはひと際大きな木の上に裏から音もなく登る。
トーマスとオレとシエラは熊を囲むように左右と後方の木の裏に隠れ、ユーゴは短剣を構えて熊の後ろ正面の藪の中だ。
そして、戦闘が始まった。
テレーズとトーマスが魔力を広げ、直ぐに熊の足元の土と頭上に魔力が集まった。
互いに目配せをし頷くと同時、熊が異変に気付き即座に動き始めるが、遅い。
足元の土が一気にぬかるみ熊は脚を取られる。そして頭上には紫色の光の玉が現れた。その瞬間、
—――目が眩むような紫雷が閃めき空気を割く音が響いた。
少し遅れて、毛皮が焼かれた臭いが鼻に届く。直撃だ。
雷撃に次いでオレは、直ぐに指を鳴らし魔力を広げる。
合図をするまでもなく脚の付け根まで沈めた泥沼を凍らせていく。
完全に上手く行った。
だが奴は苦しみと怒りの咆哮と共に、凍った沼を砕きながら地面に這い上がる。
上手く行かなかったか。
同時にユーゴが地を蹴り、赤熱の光がオレたちの前を駆け抜ける。
奴は反応出来ていない。
熊の右前脚に、熱く発光した短剣が一閃。分厚い毛皮をいとも容易く焼き切り鮮血が散り、痛みに咆哮する。
直ぐにユーゴが離脱し、入れ替わるようにオレが飛び込む。
一瞬で左手に氷剣を生成し、ユーゴの方を向きかけた鼻に斬り下ろす。
返り血を浴びながら頭上のテレーズへ剣を投げ、並行して枝を蹴り空中で剣をつかんだテレーズが氷剣に雷を纏わせる。即座に後方へ離脱しようとしたが奴の反応が早い。
オレは奴の左腕に左腕を掻き切られ勢いよく飛ばされ、同時にテレーズの雷氷剣が突き刺さり巨大な体躯に電気が走る。
体重の乗った雷氷剣が深く刺さり感電した熊は苦悶の声を上げ動きを止める。
おかげで、何とか立ち上がり離脱できた。
剣はそのままにテレーズが離脱する。
そしてその直後。
――氷槍が奴の腹を貫く。
数瞬遅れて赤い短剣が熊の喉元に吸い込まれ、そのまま喉を中から焼き斬る。
首と腹から赤黒い血がドバドバと流れ落ち、熊は絶命する。
オレのは左の上腕を皮鎧の上から縦に裂かれ、血塗れで動かせない。利き腕をやられてしまった。
戦闘を見守っていたロイがすぐに駆け寄ってきてくれて、怪我人緒と一人とその場に座り込む。
「うわ、これは酷いな。よし、早速治療を始めるよ」
オレは腕防具を外し、ビリビリに破けた服を慎重に捲る。
ロイが持ってきた水筒を開け、水がフヨフヨと浮いて患部を少しずつ覆っていく。
「派手にやられた」
「大丈夫?」
テレーズが声をかけてきた。
「ああ、お前のおかげでな。ほんと助かったよ」
「礼には及ばない」
オレは使える右手で、テレーズと拳を合わせる。
そうこうしている間に腕の出血が止まり、痛みが見る見るうちに和らいで行く。
そして、徐々にピンクの皮膚が傷を覆っていき傷が塞がった。
いつ見てもすごいな水魔法・・・。
「シエラ。傷が深くて水を使い切っちゃったから、生成してもらえる?」
「わかったわ」
シエラがロイの水筒に水を生成している間に思い返す。
魔力鎧ありでもこの威力。何もなかったら腕が吹っ飛んでたんじゃないか?
「なあ、これは再生の魔法じゃないのか?」
「これは元々人間が持つ治癒能力を促進しているだけなんだ。再生の魔法は無くなった手や足なんかを生やすんだ。もちろん僕は使えないけどね」
*
一休みした後、皆で熊の死骸を確認する。どこから来たかなんて見当もつかないから下山した後に報告だ。襲われた人の遺体は、とても見ていられるものじゃなかったので、エレナがその場で火葬し、骨は木の下に一旦埋めた。
初めて見るグロテスクな光景に、何人かが戻していたが見なかったことにしよう。
熊の死骸は大きすぎて処理できないので放置することになった。
後日氷魔法で調査に入る騎士団か村の人や衛兵が回収するだろう。
討伐の証拠になるかわからないが耳と牙を切り取った。
「これの後は、野営地に戻って下山だな」
そう言って、ヴィンセントが野営地まで先導してくれた。一応他に猛獣が居ないとも限らないので探査は怠らなかった。まだまだ昼前だが、昼食を取る気にはなれなかった。
野営地に近付いた頃、最後にライラが探査を行う。
「野営地は問題なさそうです」
「よし、行こう」
野営地に到着すると、朝に出た時のままのテントに皆安堵する。
全員で防具を外し、戦闘に参加したメンバーは濡れたタオルで汚れを拭っていく。
タオルはオレとシエラが濡らした。
一段落ついた頃に改めて焚火を起こし、水を飲んだり雑談したりして努めてまったりする。
焚火の揺らぎ、木漏れ日、小鳥の囀りや優しい風に木々の葉が擦れる音がそれを後押ししてくれ、皆に良い気持ちが帰ってきた。
亡くなった人には悪いが、これはオレたちにとって良い経験になったように思う。
やはり訓練と本番の空気感は違う。それを肌で感じられたオレたちは、間違いなく成長した。
焚火を消して堀を元に戻し、全員で協力してテントやシートを畳み、袋に入れてリュックと一緒に背負う。
さあ、最後は安全に下山だ。




