第21話 失態
「土魔法部隊、防風壁の解体!氷魔法部隊、近接部隊は森へ侵入、掃討を開始せよ!」
「了解!防風壁を解体します!」
「「了解!氷魔法部隊、近接部隊、掃討を開始します!!」」
指揮官の指揮を復唱し、土魔法部隊が壁を解体したすぐ後。
数人の仲間と共に私は馬を駆る。
愛馬のフウゲンの脇腹に強めに脚を当てて、加速。
体を前傾姿勢に、重心を前に移すことでバランスを取り、一気にスピードに乗る。
森の入口はとうに過ぎ去り、木々が私たちを避けるように後ろへ流れていく。
私たちの役割は討ち漏らした強い魔物の掃討。
この森は広いから、全部を焼き尽くすなんて不可能。だけど、魔物は狩り尽くさなければならない。
そうしないと、プガレの村が襲われてしまう。訓練生の中にあの村の出身の子もいると聞いた。
討伐隊が組まれてここに来れるまでは少し時間がかかる。出来るだけ森の中心部まで狩っておきたい。
走っている途中で、狒々鬼と思われる焼死体を3体見つけた。これで全部だと良いのだけど。
――やっぱり濁りが蔓延している。オオカミの群れも、シカも、黒くなってきている。クマが居ないのが救いね。
そうでなくとも大型動物たちは、脅威度が跳ね上がるから。
「貴方たちに罪はないのだけど、ごめんね」
疾走しながら、目に入る範囲の動物たちを氷槍で穿っていく。
大型は、矢の一本や二本では簡単に死なないからこれが早い。
氷槍は私の十八番だ。
そういえばルーカスの魔力を借りたときは自分でも意味が分からないくらい巨大な氷槍が発動された。あれは何だったのかしら。魔力を込めすぎたかと思ったけど、そんな沢山のエーテルは支配していなかったはず。
今度指揮官に許可をもらって、ルーカスを連れて魔法研究所を訪ねてみようかな。
そんな益体もないことを考えながら
草原の方へ向かう雑魚たちには何もせず、奥へと向かう小動物たちは矢で射抜いていく。
やがて、火魔法部隊が放った魔法の爆心地と思われる場所に到達する。木々が生えていたであろうその場所は、ザっと数えても百本以上の木々が根ごと吹き飛び、土や落ち葉は真っ黒に焼け焦げ、開けた土地になって臭い煙を上げていた。
薄暗い森の中でここだけ、光が入り込んで少し明るい。
「凄まじいわね・・・」
木々は炭になってバラバラに散乱しているが、てっぺんに生い茂っていた葉っぱはまだ形を残して落ちている。
一旦馬から降りて、赤熱している炭を見つけては氷で覆い鎮火していく。
生き物だったであろう炭も落ちているが、それよりも煙と焦げの臭いの方で気持ちが悪くなる。
「ふう。これで大体片付いたかしら?」
「そうですね、そろそろ戻ってもいいと思います」
氷部隊の後輩のジョナスに問うと、肯定の返事が返ってくる。
「それじゃ、引き返すわよ」
フウゲンに跨り、入口の方向へ進み始めたとき。
重く低い唸り声と共に禍々しい魔力を感知した。
「「!!」」
皆気づいたみたい。
「全員停止!索敵しなさい!!」
「「了解!」」
静かに周囲を見回すけれど、特に異常はない。でも、確実にこの近くに居る。
魔力探知に頼って索敵すると、すぐに潜んでいる場所が分かった。
皆同じ方を向いている。左後方、爆心地から少し外れた巨大な大樹の上。
その一際太い枝に鎮座していた。
「まだ居たのね・・・」
――右半身が焼かれ、体毛がはげて右腕から血を流し、苦痛に歪んだ顔でこちらを睨むサルの魔物。
黒い靄が完全に全身を覆っている。こいつが元凶の狒々鬼で間違いない。
「散開!!騎乗戦闘態勢を維持!ここで仕留めるわよ!」
「「了解!!」」
森の中での戦闘は、馬は得意ではない。かと言って降りてしまえば、狒々鬼の速度には追い付けない。
悩ましいが、フウゲンに頑張ってもらうことにした。
矢を放ち、牽制しながら広い範囲で包囲する。
複数の方向から飛んできた矢を、避けるように大樹から飛び降り着地したそれは、今まで相対してきた狒々鬼の2倍以上は大きかった。体高にして約三メートルくらい。
その巨大な図体からは想像できないほどの、静かで軽やかな着地から、身体能力の高さが窺える。
この苦しそうな表情が濁りのせいか怪我のせいかは、知る由もない。
「で、デカい・・・」
誰かが呟いた途端、狒々鬼は動き出した。
燻る柔らかい土をものともせず、途轍もない力で跳躍した。
そしてその先には、選りに選ってよりによって新人の子がいた。
「避けて!!」
間一髪、転げ落ちるように馬から飛び降りた新人は助かったけど、包囲網を突破されてしまった。
狒々鬼は、その勢いのまま猛スピードで土を蹴り、逃亡を図る。
「追跡!!」
フウゲンに合図し、速攻でスピードに乗る。
新人とその介抱役を2人残し目の前を通り過ぎる。
逃げ損ねた馬の方は大きな爪に首を裂かれていた、残念だけど助からないだろう。野生の勘か、一番弱い子を狙われた。
高速の追跡戦が始まった。
途中で奴は飛び上がり、木々を縦横無尽に駆け回る。矢を放っても、とてもじゃないが当たらない。
枝から枝へ、木から木へ。
立体的な疾走が私たちを攪乱する。
方向感覚を狂わせるためなのか、一直線に逃げたりはしない。
少しでも知恵が回るだけで本当に厄介だ。
悔しいけど、私たちの手には負えない。
緊急事態を知らせる大音量の警笛を思い切り吹く。
失態だ・・・。もっと早く応援を呼んでおけば・・・。
いや、反省と後悔は後だ、今はこいつを全力で追わなければ!!




