第16話 新たな可能性
弓術の訓練を始めた。
この前の試合で魔法の弱点を痛感したからだ。
魔法の規模が大きいほど、距離が離れるほど消費魔力は増えるし集中力も必要になる。
当然隙も大きくなるわけだ。
魔獣だろうと人間だろうと、そんな時間は与えてくれない。
今後遠距離からしか戦えない場面も出てくるだろうし、せっかく物質を生成できるのなら、弓矢は氷魔法使いには打って付けだろう。
そう考えてセレーネ教官に直談判したところ、二つ返事で了承された。
元々訓練メニューに弓術は組み込まれていたらしいが、その割合を増やしてくれるようだ。
*
朝陽が昇り、訓練場に新たな活気が漂う。オレは肩に弓を担ぎ、矢筒を腰に掛けながら訓練場に向かった。木製の的が並ぶエリアでは、既に何人かの訓練生が弓を構え、矢を放つ音が軽やかに響いていた。
ショートボウは取り回しと速射性、ロングボウは射程と威力で、オレはロングボウを選んだ。
「さあ、まずは基本の構えからだ。」
指導にあたるのは弓術の教官、エルドリッジ。厳しい表情を浮かべた白髪オールバックの壮年の男性で、その視線は的を射る矢のように鋭かった。
オレは教官の指示に従い、弓を摘まむ手の位置や足のスタンスを調整する。
ここ最近は背中の筋肉痛にも慣れた。だが、慣れない感覚にまだ手が違和感を覚える。
「腕に力を入れすぎだ、それでは矢がぶれる。背で引くんだ。肩を落として、胸を張れ。お前の身体の一部と思え」
教官の指摘に、オレは深く息を吸い込み、力を抜こうと試みた。そして左手で矢を番え、的に向けて弓を引いた。
「そうだ。そのまま……放て」
矢は弦から放たれたものの、的の中心から外れ、端の方にかろうじて突き刺さった。
「ふむ、悪くない。だがまだ腕に緊張が残っている。何度も反復して身体に覚え込ませることだ」
オレは小さくうなずき、再び弓を構えた。放つごとに感覚が少しずつ研ぎ澄まされていくのを感じる。
*
休憩時間、オレは隣で練習していたシエラの技術を観察していた。氷の矢を生成し、放つ。
30メートル向こうの的へ吸い込まれ・・・なかった。
矢は外れ、向こうの壁に刺さり砕けた。
「う~、また外れた・・・。」
「しかも砕けたな」
「そうなの、普通の矢より弱いのよ」
「強度を上げられるだろ」
「出来るんだけど、それはそれで時間がかかるのよ」
「確かに、それなら魔法を発動すればいいだけだよな」
「この脆さを何とか活かせないかしら」
「うーん・・・。思いつかないな」
「そうねぇ・・・」
オレもシエラと同じようにやってみたが同じだった。何とか通常の矢よりも強度を高くしようと魔力を込め、壁に向かって放つ。
深く刺さったが、この時間で氷槍を生成できる。
今のところ、氷矢の利点は尽きないってところだけだな。
まあそれだけでも敵からすれば脅威だろうが。
思案するだけでは埒が明かない。オレは再び弓を手に取り、的に意識を集中した。次の矢を放つ前に、試しに少し魔力を込める。鏃に氷が張り付き、放たれるときの音が少し変化した。
先端が少し重くなるが、傷を大きくすることは出来そうだ。
的に命中した瞬間、かすかに霜が広がるのを見て、心に小さな達成感が生まれた。
夕方になり、訓練が終わる頃には、オレの腕はすっかり疲弊していた。それでも充実感はあった。
エルドリッジ教官がオレの肩を叩きながら言った。
「少しずつ良くなってきている。だが、弓術は即効性のある技術ではない。丁寧に積み重ねろ。そして、お前の魔法の可能性を忘れるな」
なんていい人なんだ・・・!
その言葉を胸に刻みながら、オレはゆっくりと弓をしまった。
*
その日の訓練が終わり、夕刻の鐘が街中に響く中、訓練生たちは教官たちからの通達を聞くため、広場に集められた。コンラッド教官は集まった訓練生たちを見渡し、鋭い声で話し始めた。
「お前たちにはそろそろ、実戦経験を積んでもらう」
その言葉に、一瞬の沈黙が広がる。だが、それはすぐにざわめきへと変わった。
「実戦?」
「もうそんな段階か・・・」
オレたちの困惑を無視し、教官は続けた。
「集団戦術を学び、魔法を駆使して敵を制圧する、それが騎士団としての戦いだ。お前たちにはその第一歩として、近隣の『狩りの森』で実戦形式の訓練を行ってもらう。」
訓練生たちの中には顔を強張らせる者もいれば、興奮を隠せない者もいた。
「森までは馬車で四日だ。途中の宿場や野営地で休みながら進む。まあ、簡単に言えば、魔物を討伐する」
「魔物」という言葉に、訓練生たちの間で再び緊張が走る。
「訓練用の相手などではなく、本物だからな。心の準備はしておくように」
コンラッド教官に続いてエルドリッジ教官が言う。
「安心しろ。我々教官陣が同行し、万全の警戒態勢でお前たちを指導する。だが、一歩でも手を抜けば命を落とす可能性があることを忘れるな」
その警告に、オレたちの表情と肝が引き締まる。
「一週間後に発つ。準備はそれまでに済ませておけ。武器、防具、そして魔法の訓練道具の状態を必ず確認することだ。いいか、これは訓練ではあるが、お前たちにとって最初の本当の戦場だ。」
コンラッド教官の厳しい声が締めくくりの言葉として響き渡ると、訓練生たちは各々の思いを抱えながらその場を後にした。
というか、狩りの森ってどこかで聞いたような・・・
まあいいか。