第15話 試合4 決勝
決勝戦の場に立つ。
ライラはテレーズに敗れ、テレーズはこの男に敗れた。
風魔法を操る、ヴィンセント。
白に近い金髪で、やや短髪。
六対四で分けた前髪は根元が立ちあがり、外に向かって流れている。
細くも太くもない眉はキリっと眉尻が上がっている。
少し切れ長の目元はクールな印象だ。
端正な高い鼻と、引き締まった口元。
やや筋肉質で、背丈はオレとほとんど同じだ。
エレナとユーゴも破った相手。こいつの得物は細剣で、右手に持っている。
響く歓声が、全身の神経を研ぎ澄ませていく。
「ここまで来たのは見事だが、オレに勝つのは無理だ」
ヴィンセントの自信に満ちた声と鋭い眼差しが、オレを挑発する。
「それはどうだろうな」
静かに返すが、微かに呼吸が震えている。
「始め!!!」
合図と同時に始まるエーテルの奪り合い。
風魔法はこれが得意な属性なのだから、不利で当たり前だ。
なら最初から勝負しなければいい。
自前の魔力だけで左手に氷剣、右手に氷盾を生成し全力で駆け出す。
やはり魔力消費が激しい。エーテルを支配することの重要性がよくわかる。
さて、どうせ使って来るのは突風だろう。風魔法は、風を起こすことしかできない。吹き飛ばされる前に本人を巻き込めるくらいに接近するのが吉だ。
ほら来た。
ヴィンセントが風を巻き起こす。猛烈な突風が砂埃を巻き上げ、左から襲ってきた。
オレは冷静にその場を蹴り疾走し、
一気に距離を詰める。
身を低くして風に触れる面積を小さく、そして風向きに逆らわず右へ――。
どうやら風圧を上げるためには範囲を狭める必要があるらしい。
突風から抜け出し、奴の左後方に回り込み脚を狙う。
――左大腿への斬り上げ。
剣を振るうと同時に奴は細剣をこちらに軽く振り下ろしてきた。
そんな軽い振りでこの剣を止められるわけがない。
思った刹那、風の壁が現れた。
そう錯覚するほど薄く、しかし激しい風がオレの氷剣と左腕を弾いた。
剣が触れる前に弾かれた勢いのまま、オレは錐揉み状態で後方へ飛ばされる。
勢いに逆らわず受け身を取り、体勢を立て直す。
「良い判断だ、だがその攻撃じゃオレには届かない」
見ると奴の風は、砂埃を纏いまるで盾のように奴を守っていた。
「くそ・・・」
距離を離された。近接戦闘に持ち込めなければ勝ち目は薄い。
走り出した途端、風に足元を浮かされる。
――しまった。
直後に来ると分かっていた突風に吹き飛ばされ、転がる。
必死で地面を蹴飛ばし逃れるが、少し目が回る。
すぐさま右から突風が来るが、分かっていても避けられない。
オレは吹き飛ばされ、転がされる。
一度こうなってしまえば、立て直すのは非常に困難だ。
縦横無尽の突風に晒され、飛ばされては地面に叩きつけられる。
何度目かの突風のあと、風が止んだ。
ヴィンセントがエーテルを消費し切ったのだ。
今だ!!
全力で走り出すが間に合わない。左から風が来た。
自身の前方の地面を凍らせ、勢いのまま飛び込んでスライディングする。
風をギリギリで躱し、氷の上で体を起こし全力で氷盾を投げる。
「チッ」
ヴィンセントが舌打ちをする。
オレを追う風を一旦止ませ、盾を上空からの風で叩き落とした。
苦し紛れの投擲が功を奏したようだ。
攻略法が見えたかもしれない。
おそらく風魔法使いは、重量を持つ遠距離攻撃が苦手なのだ。
だがヴィンセントの風魔法、その速度と精密さは圧倒的だ。
オレは奴に対抗すべく、何とか逃げ回りながら氷剣を何度も生成しては我武者羅にブン投げる。
「なかなかやるじゃないか・・・!!」
奴はその度に氷剣を風で弾いていく。だが防御と攻撃を同時には行えないようだ。
間髪入れずに投げ続け、少しずつ距離を詰めていく。
だがそろそろ魔力が尽きてしまう。そうなれば魔法自体がしばらく使えなくなる。
ヴィンセントが消費した分のエーテルは戻っているだろう。
ここで魔力干渉するしかないか。
指を鳴らし、戻ってきたエーテルを支配することは出来たが、奴はその一瞬の隙を見逃さない。
背後からの突風に吹き飛ばされ、地面に顔面を強かに打ちつける。
「うぅ・・・痛ってぇ」
痛い。だが止まれない。
直ぐに起き上がり、口に入った血と土を吐き出して次の突風を前方に飛び込み避ける。
「オラァ!!」
体勢を立て直し踏ん張りを効かせたアンダースローで左手に生成した氷剣を投げ、体を回転させた勢いで右手に生成した氷剣を投げる。
そして時間差で生成した氷剣をもう一度投げ、地を蹴り一気に接近する。
「!!」
1本目は弾かれ、2本目は避けられた。
3本目も細剣によって防がれた。だが奴の意識は防御に向いている。
この瞬間を逃さないよう、一直線に奴の正面へ肉薄すると同時に氷剣を生成する。
そして全力で氷剣を突き上げ防御の隙間から刺突を繰り出す。
だがこいつは、ヴィンセントは強かった。
奴の手首が返り、細剣がこちらに振られる。
―――空気砲
圧縮された細く鋭い風が、オレの頭を直撃した。
視界が回転し、全身の力が抜ける。
何とかバランスを取ろうとするが、体が言うことを聞かない。
膝をついて倒れ、遠のく意識の中でヴィンセントの声が聞こえた。
「お前の戦い方、悪くなかったぞ」
「勝者、ヴィンセント・ヴァロワ!」
教官の声が響く。観客の歓声が耳に届くが、それが遠く感じられる。
負けた。
だが、悔いはない。全力を出し切ったのだから。
少しして意識が戻り、手を差し伸べてくるヴィンセントの顔が見える。
「立てるか?」
「・・・ああ」
その手を掴み、オレは立ち上がった。
「オレに『風撃』を使わせたのはお前が初めてだ」
「フウゲキというのか、あの技は。・・・完敗だよ」
「そんなことはない、投擲が有効と気付かれた時から少し焦ったぞ。それにオレは幼いころから鍛錬をしてきたからな。そもそも平民の出でここまで戦えることが驚きなんだ」
ああ、こいつは貴族だったっけか・・・。
「ありがとう。ルーカスだ。よろしく頼む」
「ああ、ヴィンセントだ。よろしく頼む。お前とは良き友になれそうだ」
少しだけ意識がボーっとする中、握手を交わす。
日が傾き始めた午後の風が、傷だらけの体に気持ち良い。
負けたというのに清々しい気分だ。
ロイたちが向こうから駆け寄ってくる。
何か会話をしたが、ダメージのせいかあまり覚えていない。
ただ、朦朧とした頭でも一つだけわかることがあった。
進むべき道が明確になったことだ。