第11話 訓練 必要は成長の母
翌日、騎士団の訓練場の一角にオレたち氷魔法組は立っていた。オレを含めて十二人。
空は薄曇りで、冷たい風がわずかに頬をかすめる。これから始まるのは、氷魔法の基礎訓練だ。氷魔法の教官が目の前に何人か居るが、主任教官として現れたのは・・・、あの美人試験官だった!よっしゃ!!
淡い灰色の髪を持つ、セレーネという名前まで美しい人、もとい教官だ!
「さて、氷魔法の訓練を始めるわよ。どの属性にも言えることだけれど、特に氷魔法は厳密な魔力制御とカタチのイメージが重要になるわ。」
セレーネ教官の澄んだ声が耳に気持ちいい。・・・いやいや、訓練に集中せねば。
彼女は涼やかな笑みを浮かべながら、魔力を少し込めた手をかざし、一瞬で小さな氷の結晶を空中に作り出した。指先で軽く弾いたその結晶は、きらきらと光りながら小さく砕けて消える。
「まずは基本よ。魔力を氷の剣にしてみなさい。大事なのは温度と湿度を意識し、緩やかに冷却を始めること。無理に急ぐと、氷が割れやすくなるわ」
オレ達は指導に従い、ゆっくりと魔力を放出し始める。周囲の空気が少しずつ冷え始め、冷気が掌に集まり始めた。
できたのは刃のつぶれた、なまくらのショートソードだ。
みんな同じような感じだが、オレの氷はしっかり剣の形態を取っている。この2週間、暇を見つけては形態変化の練習をしていたからな。
しかし・・・
「刃の感覚が掴みづらいな……」
剣でモノを斬るイメージが上手くできない。実感が不足しているのは間違いないが、なかなか難しい。
「刃を造れなくてもいいわ。まずは形をしっかりと作り上げることが大切なのよ」とセレーネ教官が助言をくれる。
そのとき、少し離れた場所からシエラが教官に声をかけてきた。
「セレーネ教官、私のも見てもらってもいいですか?」
「もちろんよ。・・・うん、なかなかよくできているわね!あなたはアウデ辺境伯のお嬢さんね、さすがだわ。今期の子たちはみんな筋が良いみたいね」
シエラはにっこりと微笑み、ありがとうございますと礼を述べた。
この日以降、セレーネ教官による氷魔法の訓練は、段々と高度な課題へと進んでいった。
*
数日後の訓練。
まず、彼女が指示したのは「離れた場所に氷を生成する訓練」だった。少し離れた空間を指差して、軽く笑みを浮かべる。
「では皆さん、この距離で氷を生成してみましょう。目標地点に集中し、そこへ自分の魔力を集約させるイメージを持つことよ」
オレは、教官の指示通りに自分の魔力を離れた地点に集めるように意識を集中する。すぐに視線の先でうっすらと氷が浮かび上がり始めたが、ほんの少し形が崩れてしまった。隣の訓練生も同じように苦戦している。セレーネはその様子を見ながら、魔力を一定に保つための呼吸法を説明した。
続く訓練では、「氷を維持するために周囲の気温を下げる方法」だった。教官が薄く雪化粧をまとったような小さな氷の柱を指して説明する。
「氷は魔力だけでなく、周囲の環境にも影響を受けるわ。この状態を保ち続けるには、空気そのものを冷やす必要があるの。それができれば、氷の消耗を抑えることできるわ。皆さん、魔力を微調整して周囲を冷却するイメージを持ってみてください。」
オレは冷却を意識しながら氷を溶かさず保とうと試みたが、周囲という曖昧な範囲が良くわからず、少しずつ溶けていってしまう。やはりこれも、赤ん坊が歩けるようになるその過程のように、数をこなすことで感覚を掴むしかないらしい。
*
1か月経った。
もう久しくトーマスたちとは話せていない。あいつらもこうやって四苦八苦しながら成長しているんだろう。もっとも、訓練場の向こうで爆発が起きたり岩壁が大きな音を立てて現れたりしているから、何をやってるのかは丸見えなのだが。
しかし、一番遠くでやってる風魔法の訓練は独特だ。なにしろ歌っているのだから。
なんでも高い音はエーテルを瞬時に支配でき低い音は遠くまでよく届くそうで、声は魔力を込めやすいから遠くまで魔力を広げるのに最適らしい。
・・・などと考えていたら、ここまで魔力が飛んできたのを感知した。この広大な範囲のエーテルを制御化に置くことが出来れば、そりゃ戦いの有利不利は決まるってものだと納得した。恐るべし風魔法。
そしてこちらの訓練はさらに難易度が上がり、地面全体を凍らせる訓練に移った。セレーネが指を鳴らし、足元の地面を指して見せた一瞬後、彼女の足元から青白い氷が十メートル以上向こうまで放射状に広がっていく。
「今度は足元から一気に広げてみましょう。地面を凍らせることで敵を転倒させたり、動きを封じたりすることができるわ。」
オレたちは、地面に魔力を送り込む感覚をつかもうと集中する。オレとシエラは地面を凍らせることができたが、凍る範囲がとても狭い。三メートルに満たない。
何とか地面を遠くまで覆おうと努力を重ねる。
*
それから五か月。最初の訓練から半年。
真冬の季節は過ぎ去り、まだ薄寒い朝の街を春の陽気が暖める頃。
オレ達は、実戦を見据えた訓練を始めていた。
まず、『魔力鎧』という全身のあらゆる性能を大幅に引き上げる魔法を習得した。
筋力、耐久性、免疫などが強化され、濁ったエーテルにもある程度耐えられる。
コンラッド教官が言っていたのはこれだったか。
魔力操作とそれを周囲に広げる作業とを難なくできる今のオレたちにとっては造作もないことだったが、これを戦闘中でなくとも常時展開しているよう指示された。
魔力総量が、個人差はあるが大抵は二十歳くらいまでは魔法を使うほど増加する為だそうだ。
そして氷魔法の訓練では「自身の最速で氷の盾を生成する訓練」が始まる。
敵の攻撃を想定し、瞬時に防御体勢を取れることが目標だ。
戦いは防御と回避が最重要、回避をしつつも盾を生成できる氷魔法ならではの訓練だ。
セレーネ教官が鋭い声で告げる。
「これが一旦、最後の訓練です。魔力を素早く放出し、自分を守るための盾を即座に作り出す。次の攻撃が来るまでに造り上げなさい」
オレは構え、全神経を盾の生成に注いだ。瞬間的に大きなラウンドシールドのイメージを描き、魔力を一気に凝縮させる。目の前でクリスタルのような氷の盾が冷気と共に姿を現したが、少し薄い。他の訓練生の間でも次々と氷の盾が現れ、オレたちのエリアは凛とした冷気に包まれた。
訓練生12人が、それぞれの限界を引き出しながら次々と氷魔法を操る様子に、セレーネ教官の瞳が冷たくもどこか温かい輝きを帯びていた。
「次は防御よ」
セレーネ教官の合図とともに、オレたちは縦に並ばされる。彼女の手に現れたのは氷の棘の浅い球だ。見た目からして痛そうだ。
「この玉を、全力で投げるわ。その盾で角度を付けて弾きなさい。魔力鎧は何があっても絶対に解かないこと」
彼女はそう告げると、棘玉を包む両手をゆっくりと上げ、左膝を大きな胸へ近づける。
そして上がった左脚を遠くに置いたかと思った瞬間、
盾を構える別の教官目掛けブン投げた。ふわりと浮いた淡い灰色の髪が美しかった。
ズガァァン!!!!!
・・・え
ちょっとまて、盾がバキバキに砕けてるじゃないか。
セレーネ教官はやり切ったようないい笑顔だが、受けた教官は血の気が引いてるぞ。
シエラはもはや青ざめている。
「まあ、ここまではやらないとしても、しっかり投げるから覚悟して受けなさい」
恐怖の時間が始まった。
棘玉を楽しそうにブン投げるセレーネ教官とその棘玉を必死に受け流す訓練生。風を切る音が響き、轟音が響く。
おかげさまで、オレたちはとても早く氷の盾を生成することが出来るようになった。
・・・必要は成長の母でもあるらしい。