最終章 約束(2)
何故そのような事を聞くのか、ミュナはそんな顔をしながら答えた。
「言うまでもないと思っていたぞ。ジーク殿とレリア殿の魔力の相性は最高だ。まるで元々一つだったものかのように、ピッタリとはまっているのだ。王の薔薇も問題なく咲くだろうな」
「ほぉ、そうかそうか」
ジークはこの上なく満足そうに笑って頷く。
公に相性がいいって言われるのは、嬉しいけど恥ずかしいな。
「……うう、じゃあ、僕と相性の良い人は何処にいるのかなぁ……」
ルイスは目に見えて落ち込んでいる。ちょっと可哀そうに思えてしまう。
そう言えば、彼には私とミルマ以外でまだあと三人の婚約者候補がいるはずなんだけど、それはどうなったんだろう。
「その相性って、魔力がないとわからないのか? 例えば、魔術が使えない俺とかは……」
「アーネスト殿は、サーシャ殿との相性が気になるのだろう? それなら……」
彼の意図を察したミュナが言いかけて言葉を止めた。サーシャが物凄く嫌そうな顔でミュナを睨んだからだ。
「サーシャ殿、アタシはあくまでも視たままの事と、知識として知っている事しか言えないが、少なくとも、獣人にとって愛餌と呼ばれる血の持ち主との相性が悪い訳がないのだ」
言葉を選びつつ、窘めるような口調で言う。
そういえば、ミュナって私より年下に見えるけど、竜人族って確か人間よりも長生きのはずだから、もしかしたら私より遥かに大人なのかもしれない。
「愛餌、その呼び名さえご存知なのですね……」
サーシャは至極嫌悪感に満ちた顔をしている。
愛の餌、か。その呼び名に妙に納得してしまう。
その血を前に、獣人は本能に抗えなくなり、匂いを嗅いだだけで酩酊状態になるのだ。
そしてその血を舐めれば、獣人からは強烈なフェロモンが出て、血を舐められた人間はその獣人に強く惹きつけられるという。
「サーシャ殿も、決してアーネスト殿を嫌っているようには見えないのだ。そうあまり嫌悪せずとも良いのではないか?」
「……本能に抗えない恐怖が、貴方にわかりますか?」
サーシャがそう呟いたのを聞いて、私は思わず目を瞬いた。
「ねぇ、サーシャ、もしかして、本能に抗えずいつかアーネストを傷付けてしまう事を恐れているの?」
血の匂いを嗅いで酩酊状態になったサーシャは、アーネストの血を舐めていた。
もしかして、そうして血を求めた結果、相手の人間を傷付けたり、最悪の結果殺してしまったという獣人がいるのかもしれない。
私の問いに、サーシャは僅かに眉を動かした。それは肯定だ。
「獣人は人間より力が強い。四分の一しか獣人の血が入っていない私でさえ、人間との力の差は歴然です……だから、私より弱い男性は駄目なんです。私にとって愛餌であるアーネスト様は、尚更……」
「なら、俺がサーシャ殿よりも強くなれば良いんだな!」
簡単な事のように、アーネストが宣言する。
「……は?」
サーシャも予想外の反応だったらしく、珍しく虚を突かれた顔をしている。
「昨日は確かに負けた。でも、鍛えて鍛えて、サーシャ殿に勝てるくらい強くなれば良い。そういうことだろう?」
「そんな簡単なことじゃ……」
あっけらかんと言うアーネストに、サーシャが口籠る。
「……アーネスト、お前は騎士の家系に生まれたからと剣術を極めてきていたが、この際身体強化の魔術を覚えたら良いんじゃないか?」
ジークが思いついたように口を開き、アーネストが目を瞬く。
「身体強化?」
「ああ、身体強化の魔術は初歩中の初歩だ。アーネストは魔力が全くない訳ではないから、鍛えればそのくらいは使えるようになると思うぞ」
魔術師は基本接近戦をしない。攻撃魔術と防御魔術で戦うからだ。
だから魔術師の戦いにおいて、身体強化の魔術はほとんど使われないが、身体強化の魔術そのものは魔力操作の難易度がさほど高くない事もあり、魔術師であれば誰でも使える術でもある。
ただ、先述の通り魔術師は接近戦をほとんどしないので、その技術や制度を突き詰める者は少なく、精々貧弱な体つきの魔術師が屈強な戦士相手に腕相撲でいい勝負できるかどうか、くらいの強化度合いが相場である。
逆に言えば、身体強化の魔術にだけ特化して徹底的に突き詰めれば、それこそアーネストなら獣人相手に力負けしないくらいのレベルまで行けるのではないだろうか。
まぁ、アーネストがどの程度の魔力を持っているのかにもよるのだけど。
「なるほど! セイン殿! 是非俺に身体強化の魔術を教えてくださいっ!」
すぐさま、元筆頭魔術師であるセインに申し出たアーネストと、その隣で言葉を失っているサーシャ。
セインは笑顔で頷いた。
「良いでしょう。私が責任を持って、身体強化魔術を叩き込んで差し上げます」
「おお! セイン殿は優しいのだな!」
セインの隣で何故か目を輝かせるミュナ。
そしてそんな一同を、にこにこしながら見守るオウガ。
何だろう、この図は。
「レリア! 大勢でピクニックするのは楽しいな!」
「え、ええ、そうね……」
推しボイスで、そんな小学生みたいな台詞言わないで、そう思うが、彼が無邪気に笑っているのを見ると、少なからず絆されてしまう。
嘆息して小さく笑う私の、カーペットの上に置いた手に、ジークがそっと手を重ねる。他の皆からは見えないように。
「っ……」
驚いてジークを振り返るが、彼は横目で私を見てにやりと笑うだけで、何も言わない。
私ばかりが振り回されている気がして、本当に悔しい。
それでもその手の温もりを放したくないと思ってしまう私は相当重症だ。




