最終章 約束(1)
翌日、私はディモニウム帝国の小高い丘の上に立っていた。
その背後では、オウガがうきうきと花柄のカーペットを敷き、せっせと花模様のあしらわれた皿を並べている。
約束通り、小高い丘の上にピクニックに来たという訳だ。
占いを信じていた時点でもしやと思っていたが、彼は所謂少女趣味、つまりは可愛い物が好きなようだ。彼本人がピンクのフリフリした衣装を着ていないのが救いだな、と漠然と考える。
別にこの世界だし、自分が好きな服を着たらいいとは思うけど、筋骨隆々の魔族の皇帝が、ピンクのフリフリのドレスを着ていたらちょっとしんどい。それが推し声優演じるキャラならば尚更。
と、オウガに促されて、同行した面々が苦笑いしながら腰を下ろす。
アーネストは、サーシャが舐めた血の量が少なかったからか、昨日の内にはフェロモンの効果が切れたらしく、わかりやすく彼女を口説くような言動は見せなくなったが、好きだと公言してしまったからか、堂々とサーシャの隣に座っている。
「さぁ、美味しいお菓子と、サンドイッチを用意したよ! お茶も私が厳選した茶葉を持ってきたんだ!」
にこにこと楽しそうにお茶を淹れ始めるオウガ。
おお、魔族皇帝がカーペットを敷いて皿を並べてお茶を淹れ始めるなんて、それで良いのか。
まぁ、本人が楽しそうだからいいか。
景色を楽しんでから、私がどこに座ろうかと思案した直後、ジークに手を掴まれ強制的に彼の隣に座らされてしまった。
「……強引」
「そんな俺が好きだろう?」
勝ち誇ったように笑うジーク。その通りなので言い返せない。悔しい。
「あのさぁ、少しは僕に遠慮して、目の前でイチャイチャするのは控えてくれない?」
恨みがましそうにジークを睨むルイス。
「お前に遠慮する理由がない」
ジークが一刀両断し、ルイスは更に不満そうな顔をする。
「……そもそも、お前がレリアを好きだと言ったのは、俺が興味を持った女が珍しかったから、俺に勝ちたくてレリアを振り向かせたかっただけだろう? そんな二番煎じの思いで、レリアを手に入れられると思うな」
ぐさ、という音が聞こえた気がした。
図星を指されたルイスは俯いて言葉が出せないでいる。
「……最初のきっかけはそうだったけど、レリアを好きだと思った気持ちは本物だったよ……」
ルイスが、辛そうに絞り出す。
しん、と、妙に重苦しい空気が張り詰め出したところで、ミュナが口を開いた。
「申し訳ないが、ルイス殿はレリア殿と魔力の相性が良くないから、結ばれたとしてもあまりいい結果にはならないのだ」
「……魔力の、相性?」
突飛な言葉に聞き返すと、ミュナは頷く。
「魔力には相性があるのだ。その相性が良くなければ、王の薔薇も咲かないぞ」
ちょっと待て、王の薔薇って、この世界であるゲーム《ローズオブキング》のジークルート、ルイスルートのハッピーエンドで登場する最後のキーアイテムじゃない。
このゲームのタイトルの所以でもあるそれは、ヒロインと結ばれた王子が、王位継承の儀式で咲かせる薔薇の事だ。
王位継承の儀で、先代となる国王が咲かせた薔薇から採った種を特別な鉢に植え、王子はそこへ自身の魔力を注ぐ。
魔力を受けた薔薇の種が即座に芽吹き、花を咲かせられるかどうかで、王位継承の可否が決まるのだ。
ちなみにノーマルエンドの場合はここで花が咲かず、ヒロインに選ばれた王子は王位継承ができないが、ヒロインとの婚約は継続となる、というシナリオだ。
メインルートのエンディングを左右する事から、ゲームのタイトルになっているのだ。
自分がヒロインじゃないからって、すっかりその存在を忘れていた。
でもおかしい。王の薔薇へ魔力を注ぐのは、王子だけで、婚約者となったヒロインはそれを見守るだけのはず。
魔力の相性が関係あるのだろうか。
「……だから王位継承の前に婚約者を決めるのか……」
全てを悟った様子のジークが呟く。
「え、どういう事?」
「歴代国王は、王位継承の前に必ず婚約者を決めるか、結婚するかしていた。パートナーが決まっていなければ王位継承ができないのがしきたりなんだ……何故かと不思議には思っていたが、パートナーの魔力が関係していたとはな」
「でも、王の薔薇へ魔力を注ぐのは王子だけで、婚約者はそれを見てるだけでしょう?」
「それは違うぞ、レリア殿。直前に王族の婚約者が王位継承候補と触れ合ってある程度魔力を混ぜ合わせておく必要があるのだ」
触れ合って魔力を混ぜ合わせる?
どうしても不埒なことに思考が寄ってしまうのはオタクの性だ。私は思わず両頬を押さえたが、私の様子に気付いていないジークが、納得した風情で頷く。
「そうか。だから、王位継承の儀式の中に、婚約者と手を取り合う項目が入っているんだな」
あ、手を取り合うだけで良いのか。
うっかり卑猥な妄想をしかけていた私は慌てて頭を振った。
「……でも、どうして王の薔薇の事を、竜人族の君が知っているの? っていうか、僕が王子だって知っていたの?」
ルイスが尋ねる。それは当然の疑問だ。
「ウェスタニア王国の初代国王に、王の薔薇の種を渡したのは竜人族なのだ。元々は国王のお妃選びで魔力の相性を見るために使われたらしい。ウェスタニア王国と竜人族は、最初は友好を築けていたのだが、その数代後の国王が、竜人族の力を恐れ、迫害を始めたと聞いている」
「そんな事が……」
ウェスタニア王国の歴史は古く、建国は千年ほど昔に遡る。
それほど昔に竜人族との交流があったとしても、歴所に残っていないのは仕方がない。まして、その数代後で迫害を始めたのならば尚更、その時に不都合な歴史は闇に葬ろうとした可能性が高いだろう。
それに伴って、王の薔薇の魔力の相性を見る、という理由も忘れ去られてしまったのだと察せられる。
「あと、アタシ達竜人族は、魔力を視る事ができる。魔力を視れば、ウェスタニア王国の王族は特徴的な魔力をしているからすぐにわかるのだ」
ミュナが少し得意気に付け加える。
「……ミュナ、こんな状況でお前に言うべき事ではないが、ウェスタニア王国の第一王子として、二度と竜人族へ危害を加えないと誓おう。お前は俺の命の恩人だしな」
ジークがそう言うと、ミュナは笑顔で頷いた。
「ああ、ジーク殿は信用できるのだ」
「……ところで、魔力の相性がわかるんだろう? 俺とレリアの相性はどうなんだ?」
やや真剣みを帯びた声色で、ジークがミュナに尋ねる。
ミュナはきょとんと目を瞬いた。




