第八章 告白(3)
玉座の間に入った私とジークは、やや不機嫌そうな国王陛下を前に深々と一礼した。
「突然城を飛び出したかと思えば、突然帰って来て呼び出すとは……」
確かに突然出て行って突然戻って来て突然謁見を申し込んだのは事実だが、少なくともこれは国王陛下が命じた事に対する報告だ。
ジークはアヴェンドール王国で入手した人身売買の納品リストを差し出した。
「ブルーバード公国オースターでは、既に人身売買の仲介人がディーヴェス帝国の騎士達によって捕らえられていました。それ以上は私達でも捜査のしようがありませんので、仲介人の足跡を辿ってアヴェンドール王国へ向かいました。その結果、少女達を買い取っていた人物を特定しましたが、国外ですので、証拠のみを回収し、提出いたします。アヴェンドール王国の国境を、人身売買された少女達を乗せた荷馬車が通っている以上、国も絡んでいるとみて間違いないでしょう」
つらつらと淀みなく報告をすると、国王は感心したようにジークを見た。
「ほぉ、もう調査を終えたのか……それで、ルイスとセイン、アーネストはどうした?」
「今は訳あって、ディモニウム帝国にいます」
「何? 魔族の帝国に? 何故だ」
唐突に告げられた国名に、国王は眉を顰めた。
何と報告したものか、とジークが私を一瞥したので、私はおずおずと口を開いた。
「ディモニウム帝国の皇帝オウガ様と、私が、お友達になりまして」
「……は?」
「諸事情あって、レリアが魔族皇帝に気に入られたんですよ。最初は嫁にとか言い出したのを全力で拒否して、お友達に収まった次第です」
ジークが遠い目をしながら答えると、国王はまだ怪訝そうな顔をしながらも追及はしないでくれた。
「……まぁ、それで魔族帝国が侵略してくる心配がなくなったのだとすれば、良しとするか……」
「はい、皇帝のオウガは、人間の国を侵略しないと約束してくれました。少なくとも、ウェスタニア王国に攻め入る事はないでしょう」
「……とんでもない功績だな」
国王は呆れに近い表情で呟く。
「……それと父上、レリアを私の婚約者候補から、婚約者にしていただきたいのですが」
一度背筋を正し、ジークがそう告げると、国王は目を瞬いた。
「……期限にはまだ日があるが……お前がそう言うなら、もう決めた事なのだろうな」
ふっと笑みを零し、それから私を見る。
「レリア嬢は、本当に良いのか?」
短い問いだが、それに全てが詰まっている気がした。
そもそも、王子から求婚されているのに、侯爵令嬢でしかない私に拒否権なんて本来はない。
だから逃げるために家出したのに、ジークがしつこく追いかけてきたりするから、状況がすっかり変わってしまった。
「……はい。王家に嫁ぐという事に対しての不安が無いと言えば嘘になりますが、私もジーク王子殿下をお慕いしておりますので、婚約、結婚に対しての不満は一切ありません」
まっすぐに国王を見返してそう答えると、彼はふむ、と頷いた。
私の隣でジークが満足そうに微笑んでいるのを気配で察して、少し気恥ずかしくなる。
「……そうか。二人が納得しているのなら、私から異を唱えるようなことはすまい」
国王が頷き、控えていたクラッドに合図を出した。
「そうと決まれば、メルクリア侯爵に早急に連絡を取れ。婚約式の日取りも決めなければならん」
私の父に連絡を、と言われて、私も二度と戻らない覚悟で家を飛び出した事を思い出した。
まずい。お父様も、シャトーも絶対怒っているはずだ。
と、青くなる私に気付いた国王が何やら思い出した様子で小さく笑い出した。
「案ずるな、レリア嬢。メルクリア侯爵には、こちらからお前達の居場所を伝えていた」
「え……どういうことでしょうか?」
「アーネストが通信の魔具で随時居場所を知らせてきていたし、そもそもクラッドはジークの魔力追尾が得意だからな。居場所は常に把握していたという事だ」
つまり、私達は泳がされていたということか。
まぁ、実際王子二人が城を飛び出したのだ。本来は首に縄をつけてでも連れ戻すべきところを、別の用件を押し付けてまで野放し状態にしていたのだから、居場所くらいは把握していたとしてもおかしくはない。
ジークを見ると、彼は肩を竦めた。そうだろうと思っていた、と顔に書いてある。
「まぁ、レリア嬢には我が息子達と共にとベルフェール公爵の余罪調査のために協力してもらっている事になっているがな」
それならそれでこちらも都合が良い。
戻らないつもりで家出して、のこのこ家に帰るなんて、父とシャトーにどれだけ怒られるかわかったものではない。
それが王命のために奔走していたとなれば、褒められこそすれ怒られる事は無いはずだ。
というか、よくよく考えたら、サーシャよりも獣人の血が濃いシャトーが本気を出せば、多分私は逃げ切れないだろうに、彼女が追いかけてこなかったのだから、そもそも探されていなかったのだろう。
結局私も、国王陛下の手の平の上で踊らされていた、という訳か。
ジークとルイス宛の手紙の文面を思い出し、目の前の国王を、改めて「喰えない人だ」と認識する。
まぁ、このくらいでなければ国王なんて務まらないんだろうな。
「とにかく、今日の話は此処までだ。クラッド、あとは頼むぞ」
「承知いたしました」
国王が立ち上がったので、私達も一礼して玉座の間を後にした。
城の廊下を歩きながら、私は隣を歩くジークを見る。
「そろそろ戻らないとね。ルイス達も心配しているだろうし、明日はピクニックだし……」
そういう約束で出てきている。
多分、今頃オウガはウキウキでピクニックの準備をしているだろう。
本当は、折角ウェスタニア王国に戻ってきたのだから、自宅である侯爵邸に帰ろうかとも思ったが、皆にも国王陛下への報告が済んだら戻ると伝えてしまっているので戻ることにする。
「……俺としては、一晩くらいこっちで過ごしてもいいと思っているけどな」
ジークがわざとらしく私の耳元に唇を寄せる。
「っ! わざとやってるでしょ!」
真っ赤になって耳を押さえると、ジークは楽しそうにくすくすと笑う。
「悪い。お前が可愛くてついな」
悔しくて半眼になって唸ると、ジークは私の腕を掴んで軽く引き寄せ、頬に優しく唇を落とす。
「本音を言えばこれじゃ足りないが、今は我慢しとく……転移魔術!」
私が反論するより早く、彼が呪文を唱えてしまったので、私は真っ赤な顔のままディモニウム帝国の城に戻る羽目になってしまった。
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