第二章 転機(3)
吸い込んだ息を一気に吐き出すように、私は捲し立てた。
「アンタみたいな傲岸不遜な男は願い下げよ! 死刑にでも何でもすれば良いわ! 好きでもない男と無理やり結婚させられるくらいなら死んだ方がマシよ! でも残念ね、一部の人間は侯爵令嬢が王子の暗殺を企てたなんて信じないから、アンタは自分が気に入った令嬢に求婚したけどフラれた腹いせに死刑にしたと思われるのよ! ザマアミロ!」
人間、腹を括ると何も怖くなくなるものだな、と我ながら感心してしまう。
敬語も礼儀もかなぐり捨てた私の反論に、王子は虚をつかれたような顔をして、それから盛大に笑い出した。
「はははっ! お前本当に侯爵令嬢か? 最高だな!」
腹を抱えて、涙まで浮かべて大笑いしている王子に、私の方が呆気に取られてしまう。
「ザマアミロなんて生まれて初めて言われたぞ!」
そりゃそうだろう。誰が一国の王子に向かってそんな暴言吐くというのだ。あ、私か。
「ますます気に入った! お前を死刑には絶対しない。お前が望まないなら結婚も強要はしないが、とりあえず婚約者候補にはなってもらうぞ」
「ちょっと! 勝手に決めないでよ!」
「婚約者候補になるなら、とりあえず今回の暗殺未遂については不問にしてやるぞ」
そう言われて言葉を呑み込む。
いきなり結婚ではなく、とりあえず婚約者候補に収まるだけで先程の暗殺未遂をなかったことにしてもらえるのならば、承諾する価値はある。
婚約者でもなく、あくまでも候補であるならば、適当な理由をつけて後から辞退すれば良い。
万が一婚約まで進んでしまったとしても、結婚さえしていなければ、婚約破棄することはさほど難しくないはずだ。
すぐに回答できずに唸る私を、王子は妙に楽しそうに見つめている。
「……ま、そういう訳だ。諦めろ」
王子はそう言うと、私の手をそっと掴み、袖を少し捲った。
先程掴み上げられて赤くなっていた部分に、右手を翳す。
小さく何か唱えたと思うと、腕に僅かに残っていた痛みが無くなり、赤みも引いていった。
そうだった、ジーク王子も魔術が使えるんだった。
今のは回復魔術か。
「……咄嗟とはいえ、悪かったな。痛かっただろう」
先程までの態度が嘘のように、王子は申し訳なさそうに眉を下げた。
「……ジーク王子って、もっとどうしようもない人だと思ってた……」
思わずそんな本音が口からこぼれ落ちてしまった。
実際、ゲームの中では、不真面目で女好きというのは事実で、ヒロインに出会うことで一途になる、という設定のキャラだった。
つまり、ヒロインと出会う前の今の状況であれば、どうしようもないダメ王子であるはずなのだ。
私の呟きを聞いたジーク王子は、更に面白そうにくつくつと笑う。
「お前、心の声がダダ漏れだぞ」
「た、大変失礼イタシマシタ……」
一度外れてしまった敬語を戻したせいか、何やら怪しいカタコトになってしまった。
しかし、王子は気にした風情もなく、寧ろ上機嫌に私の手を自分の腕に絡ませた。
まさか、エスコートする気か。
私が驚いて王子の顔を見上げると、彼はニコニコ笑いながら頷く。
その笑顔の裏に、何やら黒いモノが見えた気がした。
「お前を婚約者候補として父上……国王陛下に紹介する。逃がさないから覚悟しろよ」
「……私を傍に置いて、また私が暗殺しようとするとは思わないのですか?」
「それは考えなくもないが……まぁ、お前に俺は殺せないからな。問題ない」
自分の暗殺技術を否定されたような気がしてムッとする。
実際暗殺に失敗しているし、そもそも殺人なんてしたくないのだから別に良いはずなのだが。
人格のずれは、そう簡単に整理できないようだ。
実際、これからどうやって婚約者候補を辞退するかと、いかに隙をついてジーク王子を暗殺するか、その両方を同時に考えている自分がいる。
「そうむくれるな。婚約者候補にする以上、悪いようにはしない」
私の様子を心から楽しんでいるような顔で王子は微笑む。
思考を読まれている気がして、私は小さく溜め息を吐いた。