第七章 媚薬(3)
その後、私達は朝食を終えてから、オウガの元へ行った。
私の提案通りに、彼に一枚の手紙を書いてもらい、それを私達の誰かが魔族皇帝の遣いに扮してアヴェンドールのあの屋敷に届けて話を聞く、ということになったのだ。
もし証拠が得られればそのままウェスタニア王国に戻って国王に提出する、という手筈である。
大勢で行くと怪しまれかねないという理由で、人数は二人。
いざという時のために魔術が使える者、ということで魔術師の中から選ぶ事になり、候補は私、ジーク、ルイス、セインの四人に絞られた。
さて誰が行こうか、という段になり、ジークが真顔で言い放った。
「俺とレリアで行く」
何故かそう言って譲らないジーク。
私とジークが行く、ということになるとまた揉めるかと思ったが、《闇樹海》での私達のやり取りを見たルイスは渋い顔をしつつも反論はせず、セインもジークの命令とあらば、と反対しなかったため、そのまますんなり決まってしまった。
魔族として赴くので、変化魔術で髪と瞳を黒髪赤眼に変え、服装もエヴィに用意させた魔族らしいものに着替える。
ジークは元々紅眼なので瞳はそのままだが、黒髪のジークも悪くない。そう思ってしまうのは、自分の気持ちを自覚したからだろうな。
そんな事を考えて、私は慌てて頭を振った。
「オウガ、転移魔術をお願い」
準備ができたところでそう言うと、彼は頷いて私とジークをアヴェンドールのあの屋敷の前に送ってくれた。
諸々の準備に時間が掛かった事に加え、ディモニウム帝国よりも東に位置しているアヴェンドール王国の方が早く陽が沈むため、私達が到着した時には空がオレンジ色に染まり始めていた。
あの男、ドルマン・セレラトスは、不躾な訪問にも関わらず、魔族皇帝の印が押された書状を持ってきた私達をあっさり信じて屋敷の中に通した。
揉み手をして、あからさまにご機嫌取りをしてくるドルマンにオウガが書いた手紙を渡すと、それを読み驚いた声を上げた。
「なんと! オウガ様が! 甘いお菓子をご所望というのは本当ですか!」
「ええ。もう女には飽きたそうです。魔族帝国にはお菓子は少ないため、上質なお菓子を欲しておいでですわ」
魔族皇帝の遣いらしい言葉遣いってこれで良いのか? と思いながら、丁寧ながら少々不遜な態度を意識してみる。
幸い、相手はすっかり私達をオウガの遣いと信じてくれたので、話は至極スムーズに進んだ。
「ではすぐにでも、次回の献上品を用意し始めましょう!」
ドルマンが鼻息荒く立ち上がったところで、ジークが口を開く。
「ところで、これまでオウガ様に献上した少女のリストはあるか?」
ジークは普段と同じ態度を崩さない。
まぁ、偉そうな方が魔族っぽいとも思えるので、良いとしよう。実際、疑われていないのだから問題ない。
「え? ええ、それなら、売人から渡されるの納品リストが……」
「それを頂戴する」
「ええ、構いませんが、リストなんてどうするんです?」
「それは貴様が知る必要のないことだ」
ジークが睨むと、ドルマンは小さく喉を鳴らし、すぐさま納品リストとやらを持ってきた。
納品リストの宛名には、ご丁寧にもドルマンの宛名が書き込まれていた。
人身売買の証拠を手元に残しておくとは間抜けな男だと思いつつも、そもそもアヴェンドールの国境を越えている時点で、国自体がそれを黙認している可能性もある。
そうであれば、取り締まられることもないのだから証拠隠滅する必要さえない。
国が絡んでいるとなると、これ以上の捜査は国の行政機関同士のやり取りになる。下手をすれば戦争が起きかねない。
「……立派な証拠だな。ひとまずはこれを持って帰るぞ」
ジークの囁きに頷いて、私はその納品リストを束にして革袋に詰めた。
「ではこれで」
ドルマンの挙動からして、彼が本気でオウガを恐れ、崇拝しているのは間違いない。
次からの献上品は少女ではなく甘いお菓子にしろという指示も信じたので、今後彼が、オウガに献上するために少女を買取ることはもうないはずだ。
私とジークは屋敷を出て、変化魔術を解くと、すぐさま転移魔術でウェスタニア王国へ向かうことにした。
王位継承権第一位である第一王子のジークが戻ったらそのまま城に留まるよう説得される気がするが、彼は躊躇う素振りもない。
王城には結界が張ってあり、原則王族と筆頭魔術師以外は魔術の使用を禁止されているが、当然ジークは王族なので直接王城内に転移しても咎められることはない。
とはいえ、城内の目立つところに急に現れたら騒ぎになってしまうので、ジークは自室を転移先に指定した。
「……さ、早く国王陛下にこの証拠を……」
部屋を出ようとした私の腕を掴んで引き寄せると、ジークは私を強く抱き締めた。
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