第六章 危機(3)
と、その時、ルイスが深々と溜め息を吐いた。
「……はぁ、遂に僕、失恋決定かぁ……僕が一人だけはぐれてる間に……」
恨めしそうなその声にはっとする。
そうだった。背後に全員集合していたんだった。
途端に恥ずかしくなって、ジークの手を振り払って立ち上がった。
「何だ、もう終わりか? 素直で可愛かったのに」
そんな軽口を叩きながらジークも立ち上がる。
「私はレリアの幸せを全力で応援するぞ! 何せ私の友達だからな!」
何故か高らかに宣言するオウガ。
まぁ、友達で満足してくれて何よりだ。
それに、そういう話し方をしてくれた方が、声が生き生きしていて良い。
「ところで……」
アーネストが不意に口を挟んだ。
そういえば、足を怪我していたはずの彼も、いつのまにか平然と歩いている。よく考えたらさっき湖の畔でセインの後ろに現れた時点で、普通に立っていた。
あの後ミュナと合流して、『神の手』によって怪我を治してもらっていたのか。
あの時それに気付いていれば、ジークが魔物にやられても狼狽えずに済んだのに。なんか悔しい。
「『神の手』が見つかったのなら、それは保護するんですか?」
彼は悪意の欠片もない様子で、ジークに尋ねる。それは当然の疑問だ。
世界三大魔具の一つ『神の手』いかなる病や怪我も治すと言われている伝説級の代物だ。
そりゃあ、誰だって喉から手が出る程欲しいだろう。一国の王族であれば尚更、手中に収めておきたいと思うのは当然だ。
この世界には治癒魔術が存在するが、全ての病気や怪我を治癒できる訳ではない。
魔術による治癒には限界があるのだ。
まず魔術師の力量によるところが大きいが、そもそも病気を治すための治癒魔術は、その病気の原因がわかっていないと効果がない。
つまり、原因不明の病は治癒魔術で治せないのである。
アーネストの言葉を受けたミュナが、手にしていた『神の手』をぎゅっと握り締めた。
「に、人間には絶対に『神の手』は渡さない! 竜人族は人間に何を言われようと、『神の手』を手放すことは絶対にない!」
まぁ、そりゃそうだろうな。私も彼女から無理に奪い取る事は反対だ。
と、そこにセインが割り込んできた。
「アーネストの発想は最もですが、そもそも、『神の手』は、竜人族でなければ使いこなせませんから、我々が入手したところで意味はありませんよ」
「は? そうなのか?」
「ええ。『神の手』はとても膨大な魔力を秘めている魔具です。私も実物を拝見するのは初めてですが、一目見てわかりました。これを扱うためには、かなり強い魔力を必要とします……しかも、竜人族の魔力は竜に連なる特殊な魔力。その魔力を持った竜人族にしか、使いこなせないようにできています」
もしかしたら、その魔具を創り出したのも竜人族だったのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えた。
「ミュナさん、我々は竜人族を脅かさないと約束しますので、万が一必要になった際には、是非『神の手』で癒していただけないでしょうか?」
セインはウェスタニア王国の元筆頭魔術師という立場からそう交渉しているのだろうが、ミュナにとってみれば意中の相手からの誘いに他ならない。
「……せ、セイン殿が来てくれるのなら……」
頬を赤く染めながら了承するミュナ。
「じゃあそういう事で、必要があったら助けを求めるわ。勿論、ミュナ、貴方達竜人族が危機に瀕したら、私を呼んで。全力で助けるって約束するから」
私がそう言って微笑むと、ミュナは目に涙を滲ませて頷いた。
竜人族は、これまでずっと人間に追われ続けてきたのだ。
敵だと認識していたはずの種族から、助けると約束された事が心強いのだろう。
「ありがとう、レリア殿……っ!」
「よし、オウガ、ミュナを故郷の森に送ってあげてくれる? 貴方ならこの《闇樹海》から転移させることも簡単でしょう?」
「ああ、任せてくれ。目的地を教えてくれれば、そこまで転移させよう」
魔族の皇帝がキラキラと張り切っているこの感じ、まだ慣れない。
「じゃあ、頼んだわ。私達は、アヴェンドールに戻って、人身売買の関係者を捜査しましょう」
そう、あの屋敷の捜査が終わっていない。
あの男が、国外から少女を買う理由はわかったが、何も解決していない以上、放っておけばまた別の所から少女を買取り、オウガへ献上しようとするだろう。
「……っていうか、何であの男は、オウガに女の子を献上していたの? 要らないって言っていたんでしょう?」
「ああ、私の父……先代の皇帝が好き者だったんだ。それで、魔王信仰の根強い国々に脅しをかけて、定期的に女の子を献上させていたらしい。私の代になってそれは不要だと伝えたんだが、アヴェンドールのあの男だけは何故か聞く耳持たなくて……」
「女の子を押し付け続けて来たって訳ね」
「ああ、だから正直困っていたんだ。強めに拒否したこともあったんだけど、それはそれで私が怒っていると勘違いして余計面倒なことになるし……」
「なるほどね」
あの男は、きっとオウガを恐れるあまり、冷静に言葉を受け取ったり、正しい判断をしたりすることができなくなっているのだろう。
初めてオウガを目にした時に感じた圧倒的な畏怖は、並みの人間ならば耐えられないと容易に想像できる。
女の子を受け取ってもらえなくなったら、自分は殺されるとでも思い込んでいるのかもしれない。
「……じゃあ、お酒でも用意させたら?」
「お酒?」
「うん。女には飽きたから、定期的に最上級の酒を用意するようにとでも言えば、それに従うんじゃない?」
「うーん、でも、私はお酒はあんまり……」
「お酒は好きじゃない?」
「好きじゃないというか……一口飲んだだけでぐるぐるするから苦手なんだ……」
「え、その顔で? お酒弱いの?」
「顔は関係ないだろう」
むっとするオウガ。筋骨隆々の強面なのにお酒に弱いって、確かに前世の世界でも良くある話ではあったけど、まさかこの世界の魔族の皇帝にそんな弱点があったとは。
「じゃあ好きなものは?」
「うーん、甘いお菓子かなぁ。イチゴの乗ったケーキとか、クリームがたくさんサンドされたマカロンとか!」
その顔で? ともう一度言いたくなるのをぐっと堪える。
オウガは見た目とのギャップが凄すぎる。キャラとしては嫌いじゃないけど、こんな彼の本当の顔を知ったら、私の前世の続きを生きている本物のレリアは発狂するだろうな。
「じゃあ、それを献上させましょう」
そうと決まって、早速アヴェンドールに向かおうとしたが、今はもう元の世界も夜中だから明日にした方が良いとエヴィに止められてしまった。
私達はオウガの厚意で城に一泊させてもらうことになったのだった。
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