第六章 危機(1)
私は、背を向けたジークに向けて叫んだ。
「ジーク!」
急いで追いかけようとしたが、先程の氷壁は発動からの時間経過により既に解除されており、すぐには対岸に渡れない。
「……レリア、私のせいで彼に誤解をさせてしまって申し訳ない……だが、この《闇樹海》の中のことは私には手に取るようにわかる。彼がいる場所に君を送ろう」
焦る私の肩を、オウガが軽く叩く。
攻撃魔術と防御魔術以外発動できないというのは、どうやらこの空間の創造主であるオウガには適用されないらしい。
と、オウガが私に右手を掲げ、転移させようとしたその時、対岸の茂みから何かが飛び出してきた。
それは、飛び出すと同時に小石に躓いて派手に転んだ。
「きゃっ!」
真っ赤な髪の少女、ミュナだ。
「ミュナ!」
私は転移を一旦取りやめて、オウガに頼んでひとまず対岸まで渡らせてもらった。
「レリア殿! 良かった! ジーク殿には会えたか? 先程、レリア殿の気配がすると言って走って行ったのだけど……」
「っ!」
言葉に詰まる。
先程、ミュナはジークと手を繋いでいた。
その光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
何と返そうか言葉を探し、口を開こうとしたその時。
「レリア様ぁぁぁぁぁっ!」
突如、凄い速さで茂みから飛び出して来たセインが目の前で滑り込み、勢いそのままに土下座してきた。
見事過ぎるスライディング土下座だ。
その後ろからサーシャとアーネストが現れ、二人揃ってドン引きしている。
「このセイン一生の不覚! 目の前でレリア様を連れ去られてしまうなど、どうか! どうかこのセインに罰を! 是非罵って殴って踏んで……!」
謝罪しているくせに何故か目を輝かせるセインに、私は本当に蹴飛ばしてやろうかと一瞬考えたが、喜ばれるどころか女王様認定されかねないので理性を総動員させて堪える。
希望に満ちた眼差しで私を見上げて来るセインに、ミュナがそっと寄り添った。
「ああ、セイン殿、そこまで自分を責める必要などない!」
んん? 何だろう、この違和感。
ミュナがセインを見る目は、恋する乙女のそれにしか見えない。
彼女が一目惚れした相手は、ジークだったのではないのか。
私が怪訝な顔をしていたことに気付き、ミュナが「あっ」と声を上げる。
「レリア殿、一つ訂正を……アタシが尋ねた『ぶわっと広がった魔術を使った方』というのは、こちらのセイン殿のことだったのだ。先程ジーク様と合流して、アタシが名前を誤って覚えてしまっていることに気が付き、教えてもらった」
さらりと、重大なことを言い放ったミュナに、思考が一時停止する。
「うん? じゃあ、ミュナが惚れ惚れしていたのは?」
「そんな惚れ惚れだなんてっ! セイン殿は確かに強い魔術師で素敵な殿方でアタシもそのような方は初めてで、胸が高鳴ったり締め付けられたりしたが……」
語るに落ちている。
言われて見れば、『ぶわっと広がった魔術を使った金髪の方』という特徴について、ぶわっと広がったという言葉からジークの攻撃魔術かと思ったが、ミュナが言っていたのはセインが咄嗟に張り巡らせた結界魔術のことだったのだろう。良く考えれば結界魔術もぶわっと広がるという表現でもおかしくはない。
そしてジーク、ルイス、セイン、若干の色味は違えど三人共金髪だ。
私は額を押さえて一度深呼吸した。
「……で、二人は今一緒に行動していたの?」
「ああ。この妙な森に飛ばされて、最初にジーク殿と会えたのだが、その前に倒した魔物の吐いた粘液が手についている事に気が付かず、転んだ私に手を貸してくれたジーク殿の手とくっついて離れなくなって……困っていたところにセイン殿が現れ、その類稀な知識で粘液を落としてくれたのだ!」
ちょっと待て。今なんて言った。
魔物の吐いた粘液で、ジークの手とくっついて離せなかったと言ったか。
だとしたら、二人が手を繋いでいたあの光景は、ただ粘液でくっついてしまっていただけで、深い意味はなかったということか。
誤解していた自分が、ただただ恥ずかしい。
同時に、今すぐジークに会いたくて堪らなくなる。
「オウガ、今すぐ私をジークの元に飛ばして。それから、他の仲間……ルイスもこの樹海に飛ばされているはずだから、合流しておいて」
「ああ、任せておけ。友達からの頼まれごとだ。しっかりやり遂げよう」
妙に張り切っているオウガのバックに、花が飛んで見える。
筋骨隆々の魔族の皇帝という風貌と、その背景が全く合っていない。ゲーム中だったらバグだと思うだろうな。
オウガはきりっとした表情に戻って、再び私に右手を掲げる。
呪文の詠唱もなく、私は瞬き一つの間にその場から飛ばされ、はっと顔を上げると、目の前にジークがいた。
「は? レリア? 本物か?」
ジークが驚き、私の顔を覗き込む。
「本物よ。話をしに来たの」
「……婚約者候補から外れたいって話だったら聞きたくないぞ」
視線を逸らして呟くジーク。珍しく、いつになく弱気な顔だ。
いつも自信満々のくせに、そのギャップに胸の奥がきゅんとなる。
「違うよ。オウガとは友達になっただけ」
「は? 友達?」
不審そうに聞き返すジーク。
私は大仰に頷いて見せた。
「私にもよくわからないけど、求婚を受けるより喜んでくれたわ。今度皆で丘の上でピクニックするって約束したの」
「魔族の皇帝が? ピクニック?」
「そう、魔族の皇帝がピクニックをご所望なの」
あえて真顔で言ってやると、ジークはぷっと吹き出した。
「何だそりゃ。あの形でピクニックって……」
ツボにはまったのか笑いが止まらなくなったジークは、一頻り笑って、それから私を見た。
「じゃあ、お前は引き続き、俺の婚約者候補で良いんだな?」
うん、と頷きかけた、その時だった。
私の背後から、物音がした。
先に気付いたのはジークだった。
「レリアっ!」
私の腕を強く掴んで引き、庇うように前に出た直後、ジークの身体を、何かが貫いた。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!




