第五章 樹海(3)
サーシャの言葉通り、そこはすぐ見つかった。
薄っすらと霧が掛かった不気味な湖の中心に、東屋のような壁のない建物があり、彼は屋根の下で膝を抱えて座っている。俯いていて顔は見えない。
あの筋骨隆々の巨体が、私の前世の世界でいう体育座りをしているのはなかなかシュールだ。
私は大きく息を吸い込んだ。
「オウガ! アンタ自分が何をしたのかわかっているのっ? 周りを巻き込んで引きこもるのはやめなさいっ!」
魔族の皇帝に説教垂れる日が来ようとは、流石に思わなかった。
私の声に、オウガはびくりとして顔を上げる。
その顔は涙に濡れていた。
「レリア……」
「早くこの世界から解放して!」
「うぅ、だって、レリアが私のことを大嫌いだって……」
「こんな世界作って周り巻き込んで引き篭もるようなウジウジ野郎の方が、筋骨隆々よりもっと嫌いよ!」
思わず追い討ちをかけるようなことを言ってしまった。
私の後ろで、エビィが「なんてことを」と震え上がっている。
オウガがいる東屋までは橋などはなく、飛翔魔術が使えない以上、舟で行くかしかなさそうだが、そのようなものは見当たらない。
「防御魔術、氷壁」
私が湖に向かって右手を掲げて唱えると、湖面が瞬時に凍りついた。
防御魔術の応用だけど、発動してくれて良かった。
私は単身氷の上を歩いて、東屋まで行く。
「……レリア」
オウガは、傷付いていながら救いを求めるような目で私を見る。
「アンタ、友達いないでしょう?」
「うっ……!」
ずばり言った私の言葉に、オウガはあからさまにショックを受けた。
もしも言葉に殺傷能力があったら、オウガは死んでるかもしれない。
「まぁ、それだけ強いのに、そんな性格なら納得だわ」
強すぎる魔力故に、魔族の中でも孤立してきたことは容易に想像できる。
多分、オウガは人一倍繊細で寂しがり屋なんだ。
「だから、結婚は無理だけど、友達ならなってあげる」
「友達……?」
これが私の最大限の譲歩だ。
いくらジークが他の女の子と手を繋いでいる現場を見たからと言って、勢いで当てつけのようにオウガの求婚を受ける気には流石にならない。
例えオウガの声が推し声優のものであってもだ。
さて、どうだろう。と思いながらオウガを見ると、彼は確認するようにもう一度「友達」と呟いてから、ぱあっと笑顔になった。
「友達……! 初めてだっ! ああ! レリア! 本当に私と友達になってくれるのかいっ?」
「え? ええ……」
熱量が凄い。
何なら求婚を受けたと勘違いしているのではないかと思えるほどだ。
えっと、友達って、あの友達よね?
人間と魔族で友達の定義が違うのではと心配になってくる。
「……私が言ったのは恋人でもお后でもなく、友達よ?」
言い出した私が聞くのも何だけど、あまりの喜びように思わず尋ねながら、エヴィを一瞥する。
「魔族にはそもそも友達という概念はありませんが、オウガ様は人間界の書物がお好きで、よく読んでいらしたので、友達という存在に強い憧れを抱いておいでなのです」
彼は耳打ちするように教えてくれた。
それは納得の理由だった。確かに、魔族同士で友達、ってあまりイメージは湧かないな。
「定義が間違っていないなら良いんだけど……友達で良いのね?」
念のためもう一度尋ねると、オウガは満面の笑みで大きく頷いた。
「勿論! 恋人や后は裏切ることもあるけど友達は裏切らないんだろうっ? 友情は永遠だと聞いた!」
何その基準。
よくわからないけど、そういうことにしておくのが得策な気がした。
おそらく彼が呼んだという書物の影響だろうな。何を読んだのだろう。男の友情を描いた小説とかその類だろうか。
「まぁ、そうね。よっぽどの事がない限り、友達は一生友達よ」
好きな相手にそう言われたら絶望でしかないセリフなはずだが、オウガは更に目を輝かせた。
「じゃあ……じゃあ! 私と街に出掛けたり、小高い丘の上にピクニックに行ったりしてくれるかいっ?」
まさかのピクニック。
この風体の男から聞くとは思わなかった単語だ。違和感しかないが、魔族の皇族に生まれた彼は、きっとそんな何気ないことさえできずに生きてきたのだろう。
そう思うと、そのくらいは付き合ってやろうという気になる。
「二人きりはダメだけど、皆一緒なら良いわよ。あと、私達は旅の途中なの。たまに顔は出してあげるけど、ちゃんと立派に公務をすること、人間との共存は約束してよね。あと、必要以上にその強い魔力垂れ流さないで、抑えてくれるとありがたいんだけど」
「勿論! 人間の友達がいる以上、人間の国を侵略なんてしないぞ! 魔力を抑えるのは善処する!」
そう言った直後には、彼から放たれていた威圧するような圧倒的な魔力がみるみる体に収まっていき、晴れやかに笑うオウガ。
強面が破顔すると威力が凄いな。
うっかり絆されてしまう。
っていうか何より声が良い。ずるい。
後でこっそりクール系ツンデレキャラの名台詞を喋ってもらおうかな。録音の魔具を買ってこないと。なんて、オタク脳な事を考えつつ、私はオウガに手を差し伸べた。
「じゃあ、これからよろしくってことで」
オウガは私の手を取って立ち上がった。
その時だった。
「レリア!」
名を呼ばれ、振り返る。
湖の畔に、ジークが立っていた。ミュナは一緒ではないようだ。
「お前っ! まさか、そいつの求婚を受けたのかっ!」
悲痛な顔で叫ぶジーク。
今の自分の置かれている状況を顧みる。
湖の中心に立つ東屋で、手を取り合う男女。しかもオウガはこの上なく喜んでいるのが一目でわかる。
確かに、そう思われても仕方ない。
「違……」
否定しようとしたが、ジークは痛みを堪えるような顔をして踵を返してしまった。
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