第五章 樹海(1)
エビィは偉そうに腰に手を当てて説明を始めた。
「良いですか? この《闇樹海》のどこかにオウガ様はいらっしゃいます。《闇樹海》はオウガ様が元気にならないと解放されません……つまり、貴方がオウガ様の求婚を受けるしか……」
「死んでも嫌」
遮って拒否すると、エビィは信じられないと言わんばかりに驚いた。
「魔族の皇帝陛下ですよっ? オウガ様の伴侶となれば、この世の全てを手に入れたも同然……」
「興味ない」
「ええぇっ?」
「他に方法は?」
エビィに詰め寄るが、彼は答えない。
あるにはあるが、教えたくない、という様子だ。
「……とりあえずオウガを見つけて問い質すか」
その前にジークと合流できれば良いんだけど。
そう思いながらくるりと踵を返したその時、視界の隅に見慣れた姿を捕らえて振り向く。
「サーシャ!」
「レリア様! ご無事でなによりです」
猛スピードで走って来たかと思えば、私の前で急停止して一礼する。
「サーシャも飛ばされていたの?」
「はい。レリア様が魔族と思われるあの男に連れ去られた後、セイン様の追跡魔術でディモニウム帝国に行ったことを突き止め、それを聞いたジーク様はお一人で転移魔術を行使してしまい、私達も追いかけるようにセイン様の転移魔術でディモニウム帝国の国境を越えた辺りに転移したのですが……その直後に闇に捉まりました。気付いたらこの森の中で、レリア様の匂いがしましたので、駆け付けた次第です」
つらつらと状況説明をしてくれてありがたい。
「本当に優秀ね」
「お褒めに預かり光栄ですが、評価はボーナスでお願いします」
ぶれないな。この守銭奴め。
実際彼女の能力は評価すべきだし、事実助けられている。
次のボーナスには許す限りの金貨を上乗せしよう。
「サーシャ、ジークの居場所はわかる?」
「全員の位置はおおよそ把握しています」
「流石ね。じゃあジークの所に連れて行って」
「承知しました」
サーシャは走り出そうとするので、慌ててそれを止める。
「待って! ここは攻撃魔術と防御魔術以外使えないらしいの。だから飛翔魔術は使えなくて……」
「なるほど。では私が背負いましょう。レリア様、どうぞ」
サーシャはなんてことないように私に背を向ける。
自分より小柄な彼女の背中に乗ることに対して一瞬不安が過ったが、彼女は以前、私よりもはるかに体格の良いアーネストを横抱きにして跳躍していたことを思い出した。
「ついでに、オウガ……あの魔族の男がいる場所もわかる?」
「はい。この森の中心にいると思われます」
「そう。じゃあ、ジークと先に合流しましょう」
私達が合流する前にオウガがジークと鉢合わせてしまうと厄介だ。
サーシャは頷くと、人一人背負っているとは思えないほどの速さで走り出した。
「ほほう。この娘、なかなかやりますね。さては獣人の血を引いているとお見受けします」
空を飛んでサーシャのスピードについてきつつ、エビィが訳知り顔で頷く。
「レリア様、何ですか、この不快な生き物は」
「失礼な! 私は崇高なる魔族帝国の皇帝オウガ様にお仕えする……」
「エビィよ。可愛いでしょ」
「趣味が悪いですよ」
自慢げな自己紹介を遮ってサーシャに名前を教えた直後、彼女は眉を顰めた。
「レリア様、魔物です」
急ブレーキで立ち止まり、私を背負ったまま木の陰に入る。
その数秒後、茂みの向こうから狼のような魔物が出て来た。
すんすんと鼻を動かし、何かを探っている。
「倒しましょうか?」
「私がやるわ。サーシャは体力の温存を」
移動系の魔術が使えない以上、獣人の身体能力はとても頼りになる。
彼女を極力疲弊させずにジークと合流するためには、戦闘は私が引き受けるべきだろう。
攻撃魔術が使えるというのは幸いだ。
私は魔狼の前に飛び出した。
「攻撃魔術! 氷剣!」
魔力が氷の刃となって、魔狼を串刺しにする。
断末魔さえ上げる間もなく魔狼は絶命し、その場で散り散りとなった。
実は今まで魔物に遭遇してもジークとルイスが対応してくれていたので、私が普通の攻撃魔術を実戦で使うのは初めてだったりする。
ちなみに、魔術師にも魔術の得手不得手がある。
ジークは攻撃特化でありながら他の魔術も高い精度で使いこなしているが、セインは攻撃よりも防御や結界、治癒系の魔術を得意としている。
意外なのはルイスで、あんな優しそうな風貌で攻撃魔術が得意らしい。
更に魔術には大きく分けて地、風、水、火の四つの属性がある。
例えば飛翔魔術は風属性、氷剣は水属性と風属性の混合といった具合だ。ちなみに浄化魔術のような特殊な魔術は全属性とされている。
魔術の属性と術者には相性があり、攻撃魔術や防御魔術でどの属性のものを使用するかによって威力や精度にかなり差が出るのだ。
ジークは風属性の魔術を、ルイスは風と水と炎の混合である雷の魔術を好んでよく使っている。
私は旅の途中でセインに魔力を診てもらい、比較的水属性との相性が良さそうだと言われた。
氷剣を実戦で使用したのは初めてだが、殊の外すんなり発動してくれて安堵する。
「私、なかなかやるじゃない」
一撃で仕留められたことで自信がついた。
この調子でジークと合流し、オウガを説得してこの《闇樹海》とやらを解除してもらわないと。
再びサーシャの背に乗ってジークの元へ急ぐ。
「……レリア様、この辺りです」
サーシャの言葉に、彼女の背から降りて辺りを見渡す。
茂みの向こうに、見覚えのある淡い金髪を見つけて駆け出しかけて、足を止めた。
「……え」
ジークと共に、ミュナがいた。
何故か、手を繋いでいる。
「……ジーク?」
どういうことだろう。ミュナが想いを伝え、ジークが受け入れたというのか。
あれだけ私を口説いておいて、あっさり他の女と手を繋ぐなんて、どういうつもりだろう。
もしかしたら、ミュナが怖がって、どうにもならないから手を引いているだけで、深い意味はないかもしれない。
そうだ。あのジークが、そんなあっさり心変わりなんてするはずがない。
そう思いたいのに、もしも、もう私のことがどうでも良くなったのだとしたら、そんな不穏な考えが胸にこびりついて離れない。
ずきりと、胸が痛む。
同時に、こんな状態になってから自覚する。
私、こんなに傷付くほど、ジークが好きになっていたんだ。
私が棒立ちになったことを訝しんで、サーシャが歩み寄って来るが、私は彼女を押し留めた。
「サーシャ、予定変更よ。オウガを先に探すわ」
「何故ですか? ジーク様と合流されてからの方が……」
先程と異なる指示を出した私に反論し掛けたが、私の顔を見たサーシャは言葉を呑み込んだ。
「……承知しました。オウガとやらを探しましょう」
サーシャは何かを察して頷き、再び私を背に乗せて走り出した。
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