第四章 魔族(3)
プロポーズを一刀両断されtたオウガは目に涙を浮かべて肩を落とし、今のやり取りを見たジークは不穏な顔で私に詰め寄って来る。
「おい、何でコイツに求婚されてんだよ。俺が来るまでに何があった?」
「何もないわよ!」
ムキになって言い返し、私はジークの腕に自分の腕を絡めた。
「オウガ、私はこの人と婚約しているの。だから貴方とは結婚できない」
本当はまだ婚約者候補だけど、それをここで言うと面倒な事になる気がしたので、そこは伏せておく。
オウガが気弱な性格ならば、これで諦めてくれるだろう。
そう思ったが、私の予想に反して、オウガはぱっと笑顔になった。
「何だ! そんなことなら大丈夫! ディモニウム帝国は重婚も認められている! 彼と私、両方を夫にすれば良い!」
一夫多妻も一妻多夫も認められているというのか。
魔族は魔物と人間の血を引く一族だ。人間の常識は通用しないということだろう。
私はげんなりして額を押さえた。
隣で、ジークも嫌そうに顔を引き攣らせている。
「私は重婚なんて御免よ。夫は一人で充分。相手の浮気も許さないから、文化が合わないわね。さよなら」
前世が日本人故の感覚だろうか。恋人や夫が自分以外の誰かとも付き合ったり結婚するなんて、絶対にありえない。
「じゃっ! じゃあ、私が君の婚約者を倒したら私と結婚してくれるっ?」
「あぁ?」
まだ食い下がるオウガに、ジークは明らかにカチンときている。
もはや眩暈さえ覚える。
「ジークに手を出したら絶対に許さないわよ! それに私は! アンタみたいな! 筋骨隆々の男も! メソメソなよなよした男も! 大嫌いなの!」
言葉を切り、要所要所強調しながら言い放つと、オウガは露骨にショックを受けた様子でがっくりと項垂れる。
「大嫌い……大嫌いって言われた……」
ずぅん、と落ち込み、フラフラと部屋の隅に行き、壁に頭を付けて何かぶつぶつ言い出してしまった。
怖い。シンプルに怖い。
「いっ! いけません! オウガ様! 力を抑えてください!」
エビィが慌てた様子で声を掛ける。
様子がおかしい、と思った直後、オウガから凄まじい魔力が放出された。
「っ!」
視界が闇に覆われる。
咄嗟にジークの腕を強く掴もうとしたが、手は空を切った。
「……え?」
ジークを探す。
しかし闇に閉ざされて何も見えない。
不思議な事に、自分の姿だけは視認できる。
まるで、レリアと会話したあの夢の中のようだ。
と、次の瞬間、闇が揺らめき、視界が急に明るくなった。
「……ここは……?」
森の中だ。
鬱蒼として気味の悪い、魔物がうろついていそうな雰囲気だ。空を見ると、分厚い雲がかかっていて太陽は見えない。
時間は何時頃だろう。暗さからして、夜明け前か日暮れ前か、そのくらいだと思うけど。
「あ! いたいた!」
この場にそぐわない、妙に甲高い声がして振り返ると、エビィが飛んで来るのが見えた。
背中に蝙蝠のような翼が生えている。さっきはそんなものなかったが、出し入れ可能なのだろうか。便利だな。
「エビィ! これは一体どういうことなの?」
「人間のくせに馴れ馴れしいですよ!」
ぷんすか怒りながらも、エビィは私のところまでやって来て説明してくれた。
怒っていても可愛い。
「ここはオウガ様が創り出した世界、《闇樹海》です。元々いたあの世界とは違う次元に存在しています。オウガ様は、ショックなことがある度にこの空間に逃げ込んで引き籠るのですが、ショックの度合いに応じて、周りの者まで巻き込んでしまうのです」
「はた迷惑な……」
そんな皇帝で良いのか、魔族帝国よ。
「オウガ様は、貴方様に大嫌いと言われたことが相当ショックだったようですので、下手をすれば、ディモニウム帝国の魔族や魔物が丸ごとこの世界に飛ばされた可能性があります」
「えぇ……」
人間と魔族は、基本的に不仲だ。
魔族の方が魔力も武力も強い。戦争になれば魔族に分があるが、それでも彼らが戦争を仕掛けてこないのは、人間側には聖女が現れる可能性があるから。
魔族にとって、浄化魔術と聖剣魔術はとても恐ろしいものらしい。
聖女はいつ現れるかわからない。もしも聖女が現れたら、その瞬間に魔族は敗戦が決定するだろう。だから魔族は仕掛けてこない。常に冷戦状態なのである。
だが、それはあくまでも国同士の話だ。
ディモニウム帝国に力のない人間が迷い込み、魔族と遭遇したら、ほぼ確実に惨殺されるだろう。魔族とはそういう種族だ。
そう思いつつ、エビィを見る。
本当にそうだろうか。オウガの部下なのだから、彼もそれなりに強い魔族だろうが、強そうには見えない。今感じ取れる魔力もさして強くない。
魔族皇帝の側近なのだから、何かが秀でているのは間違いないはずだ。とりあえず見た目は最高に可愛い。
まぁ、魔族にも色々いるんだろう、私はそう片付けて彼が続きを話すのを待った。
「この《闇樹海》には今、無数の魔族が解き放たれている状態です。更に、貴方様と先程の人間の男は別々の場所に飛ばされています」
「じゃあ早く合流しなきゃ」
ジークはかなり強いけど、魔族が複数相手となったら苦戦するかもしれない。
魔物や魔族相手に戦うなら、浄化魔術が使える私がいた方が絶対に良い。
「それが……」
「何?」
「この《闇樹海》の広さもまた、オウガ様のショックの度合いに比例しています。つまり、ディモニウム帝国の国土並みの広さということです」
頭の中に大陸の地図を描く。
大陸の三分の一に当たる南西部を占めるウェスタニア王国に対して、ディーヴェス帝国が北方から徐々に領土を拡大しており、ほぼ三分の二はディーヴェス帝国の配下だ。つまり、大陸のほとんどはウェスタニア王国かディーヴェス帝国という事になる。
そのどちらにも属していない数少ない国の一つが、北の半島に構えるこのディモニウム帝国である。帝国と名乗っているが、確か国土はアヴェンドール王国と同じ、ウェスタニア王国の十分の一くらいだったはずだ。
それでも、人ひとり探すにはかなり広い。相当骨が折れる。
魔術を使うしかないだろう。
と、私の表情から思考を読んだのか、エビィはちっちと指を振った。
「この《闇樹海》では、攻撃と防御の魔術以外は使えませんよ。追跡や追尾、飛翔に治癒系の魔術なんかも使えません」
「え」
「つまり、貴方が聖女でも浄化魔術は使えないということです!」
何故勝ち誇った顔をしているんだろう。
「聖剣魔術が使えるか、アンタで試して良いかしら?」
剣呑な顔で言ってやると、エビィはぴたりと動きを止め、コホンと咳払いして誤魔化した。
「で、エビィが私を探していたってことは、この《闇樹海》とやらを解除するためには私の力が必要ってことなんじゃないの?」
「おお! 人間のくせに賢いですね!」
いちいち人間を見下してくるのは何なんだ。お前なんか黒柴だろうが。
見た目の可愛さに反して憎たらしいことを言ってくるエビィをどついてやりたくなるが、今は彼が持っている情報が必要だ。
私は彼に続きを話すよう促した。
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