第四章 魔族(2)
現れたそれはオウガに恭しく一礼した。
「オウガ様、お呼びでしょうか」
背丈は私は腰くらい。やたらと上質そうな服を着ていて、二足歩行、悪魔のイメージそのものの三角の突起がついた尻尾が生えているが、顔は黒い柴犬を思わせるそれ。
何コイツ、可愛いな。
「私の占いはどの程度当たるのかと聞かれた……あの水晶玉の的中率を教えてくれ」
「えっ……」
エビィと呼ばれた犬は心底驚き、焦ったように視線を泳がせた。
なるほどな。多分、あの水晶玉は安物だ。
何となくだけど、オウガが見た目に反して頼りなさすぎて、ウジウジ悩んでばかりいるから、このエビィって可愛い魔物が気休めにでもなればと水晶玉を買ってきたのではないだろうか。
気配でも何となく察していたけど、あの水晶玉は魔力が多少込められてはいるものの、かなり低級の魔具と思われる。
つまり、それによって導き出された占いの結果とやらは、ほとんど眉唾であるということだ。
そんなものに踊らされたオウガによって、私達は大変な思いをしたのだ。
あー、なんか腹立ってきた。
っていうか魔族の皇帝なら、そんな低級魔具に騙されるなよ。その緋色の眼は節穴か。
苛立ちが頂点に達した私は、テーブルの上の水晶玉を手に取り、思い切り床に叩きつけた。
「あぁぁぁっ! 私の水晶玉がぁっ!」
「煩い! こんな物に踊らされて、妙なことするからよ! もう占いなんかに頼らないで、自分の未来くらい自分で決めなさいよ! アンタ強いんでしょう?」
喝を入れるつもりで怒鳴ると、オウガはぽかんとして、それから顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「ううう、ごめんんよ。そんなこと言ってもらえたの初めてだ。ありがとう」
筋骨隆々の逞しい魔族の皇帝が、正座してめそめそ泣いている様子はシュール過ぎる。
っていうか、本当にその声でめそめそしないで欲しい。
そんな彼の姿を、エビィが死んだ魚のような目で見ている。
ああ、これは日常茶飯事の光景なのか。
「そうだ、君の名前を聞いても良いかな?」
「レリアよ。レリア・ルーン・メルクリア」
「レリア! 君のような女の子は初めてだ!」
ぱっと笑顔になるオウガ。
う、なんだかこの展開は嫌な予感がするぞ。
オウガは立ち上がって私にずいと手を差し出した。
「私のお―――――……」
「レリア!」
彼の言葉に被さるように、私の名を呼ぶ声がした。
胸の奥がぎゅっとなる、ジークの声だ。
「ジークっ?」
私が名を呼んだ瞬間、この場に突如、ジークが現れた。
「ああ、良かった! レリア! 無事だったか!」
ジークは私の姿を見るや、強く私を抱き締めた。
「本当に、アイツに攫われた時はもう駄目かと……」
ジークはきっと、私がオウガに殺されるか、または凌辱されるとでも思っただろう。
あの状況でオウガを目の当たりにしていたら、そんな想像をするのは当然といえる。
肺が空になるまで息を吐いて、ジークはようやく腕を緩めた。
「ジーク、どうやってここへ……?」
「追尾魔術だ。お前が俺の声に応えてくれたから成立した」
追尾魔術は、本来は追尾対象に予め自分の魔力を送り込んでおくことで、対象がどこへ行っても追跡できるようにするための魔術だ。
高度応用として、一定以上の距離まで近付いた状態で声に魔力を乗せて名を呼び、相手が応えた場合はその相手の居場所を把握する、という使い方もある。魔力が乗った声は、空気の振動とは別の次元で相手に届くので、本来声が届かないような距離でも発動できる。
座標さえわかれば、あとは転移魔術で移動すれば合流できる、という訳だ。
「それにしても、あんな簡単に攫われるとは思わなかった……俺がついていながら、怖い思いをさせてすまない」
「そんな、ジークのせいじゃないよ。あれは不可抗力よ」
そもそも、いくら魔族の皇帝とはいえ、遮蔽魔術を掛けていた私をあっさり見つけて、短距離とはいえ指を鳴らすだけで転移させるなんて、流石に思いもよらなかった。
「……で、レリアを誘拐した魔族の皇帝っていうのはお前だな?」
漏れ出る殺気を抑えもせずにジークは剣の柄を握る。
オウガの魔力を前にして、怖くないのだろうか。
私が攫われたことで、怒りが先行して畏怖の感情が吹っ飛んでいるのかもしれない。
正直、魔力の総量が違いすぎる。オウガがその気になればジークは敵ではないだろう。
ここで二人を戦わせる訳にはいかない。
「ジーク、落ち着いて。オウガは、あの男がしつこいから、毎回生贄として捧げられる女の子を受け取ってただけなんだって。ここへ連れて来たら、皆その後家に帰していたらしいわ」
「はぁ? そうなのか?」
意外そうに眉を上げつつ、オウガを振り返る。
魔族の皇帝はきりっとした顔で右手を掲げた。
「勿論! 神に誓って!」
「魔族が神に誓うのかよ」
すぱっと突っ込んだジークに、エビィが手を挙げる。
「わ、私からも証言いたします! オウガ様は決して人間の娘には危害を加えたりしておりません! 私がオウガ様の命を受け、全員自宅のある村や町まで送り届けています!」
柴犬がきゃんきゃん吠えているように見えて、私は吹き出すのを堪えるのに必死だった。
「それよりももっと問題が……」
私は今し方聞いた、オウガが第二王妃エリザに『魔王の眼』と『主従の指輪』を与えていたということをジークに話した。
「……つまり、コイツのせいで母上は呪われたと?」
「結果論でいうとそうなんだけど、オウガの目的はあくまでも『聖女が現れないようにする』ためで、占いの結果に従って第二王妃に魔具を与えただけなのよ……だから彼に王妃殿下を呪う意図があった訳じゃないわ」
庇うつもりはないが、その点を誤解されてしまうのは流石に可哀そうな気がして補足してやると、オウガは目をキラキラさせて私を見てきた。
セインと同じ種類の眼差しだ。
頼むからその目は止めろ。
「レリアは優しいんだな!」
「そんなんじゃないわよ」
魔族の皇帝なんぞにあまり懐かれても困る。
これ以上好意を寄せられないうちに退散したい。
「じゃあ、私は帰るから。良い? もしも人間に危害を加えたら容赦なく聖剣魔術を喰らわせるからね!」
それだけ言って帰ろうとすると、オウガは慌てて手を振った。
「まっ、待ってくれ! レリア! 頼みがあるんだ!」
「頼み?」
「私のお嫁さんに……」
「お断りよ!」
嫌な予感が的中してしまい、私は食い気味に拒絶した。
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