第四章 魔族(1)
どんよりと重たい魔力が充満する部屋。
調度品はどれも暗い色で揃えられ、部屋の中央に置かれたテーブルには、ぼんやり光る紫色の球体が置かれている。
いかにも怪しげな、厨二病感満載な部屋だ。
まさか、私が聖女だとバレたのだろうか。
もしかして、私、殺されるのかな。それとも凌辱されるのかな。
こんな圧倒的な魔力、今まで見たことがない。
さっきの混沌竜を一撃で倒したのも、もしかしてコイツなんじゃ。
これだけの魔力があるなら、混沌竜を一撃で沈められたとしても不思議はない。
私は恐る恐る、自分を抱き上げるオウガを見上げる。
その緋色の眼と視線が合った瞬間、オウガはひっと息を呑んだ。
「たた! 大変申し訳ない!」
突然震え上がって私を下ろし、彼は土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「……は?」
魔力の総量と顔と体と雰囲気と、今の態度が全く合っていない。
状況が理解できずにぽかんとすると、彼は慌てふためいた様子で説明を始めた。
「急に連れ去って、本当に申し訳ない! どうか怒らないでほしい! あの場では女の子を受け取らないと、アイツはしつこいんだ! すぐに元の場所に帰すから許してくれ!」
「……私の推測だと、貴方は魔族帝国皇帝のオウガだと思うんだけど、違う?」
「ああそうだ。私は魔族帝国の皇帝、オウガ・オブスキュリテだ」
筋骨隆々で凄絶な魔力を放つ男が、今にも泣きそうな顔で自己紹介する。
何だこの絵面は。
というかそれよりも、私の大好きな声で、情けない声色を出すのはやめろ!
その声はクールキャラを演じてこそ輝くのに!
私の推しキャラはクール系ツンデレキャラのディアスだが、推し声優が推しキャラの担当でないことはオタクあるあるであり、そんなに好きではないキャラでも推し声優が演じれば好きになるのもまたよくある事である。
別の作品では、オウガの担当声優はクール系ツンデレキャラを演じていた。それがツボだったので、このゲームでディアスを担当してくれたらどれだけ良かったか。
ちなみに、ディアスもジークもそこそこ好きな声優が担当していたが、一位がぶっちぎり過ぎて、他のそこそこ好き、は皆同列だったりする。
そして声が変わっていないのに、キャラクターの性格が変わり過ぎなのはいただけない。
本当に、この世界に神がいるなら殴ってやりたい。
キャラクターの性格、面白可笑しく変え過ぎだっつーの!
内心でそう叫びながら、空に向かって中指を立てたくなる気持ちを抑え、努めて冷静に尋ねる。
「……ところで、貴方は何でそんなに怯えているの?」
「……だって、悪さばかりしていると魔族は聖女に殺されてしまうから……魔族は強いけど、聖女には勝てない。私は殺されたくないんだ!」
ほうほう、力は強いけど聖女には勝てないから、それに怯えていると。
つまり、彼にとって聖女は、無敵のジョーカーに勝てるスペードの三的な存在という訳だな。
この例えはこの世界の人間には通じないんだけど。
「わかったわかった。私は貴方が人間に危害を加えてこない限り、殺さないって約束するから、もうこんなことしないでくれる?」
「……殺さないって? まさか、君が?」
「あれ? 気付いてたんじゃないの? 私が浄化魔術を使えるって……」
だから私を攫ったのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
オウガは声にならない悲鳴を上げて、部屋の隅に逃げてしまった。
「せせせ、聖女だとっ? 何故だ! 占いの通りに、聖女になりうる人間の周りに魔具を授けたのに……!」
聞き捨てならないセリフを吐き出したオウガに、私は思わず詰め寄った。
「ちょっと! それどういうこと? 詳しく教えてくれる?」
真顔で尋ねると、オウガは小さく悲鳴を上げながらも答えてくれた。
「聖女が現れたら絶対私を殺しに来ると思ったから、最初から聖女が現れないようにしようと思ったんだ……だから、部下が買ってきてくれた水晶玉で占って……そしたら、ディアス・レイ・メルクリアという男に『願いを叶える羽ペン』を与えれば聖女は覚醒しないって出たから……」
おどおどと話すオウガに、私は思わず額を抑えた。
謎が一つ繋がった。
ゲーム中では、ヒロインが父親から授けられるはずのアイテムを、何故ゲームの時系列でいうストーリーが始まる前のディアスが所持していたのか。
元凶はコイツだったのか。
まぁ、おかげで私は冴えないアラサーOLから、美少女魔術師に転生できた訳なんだけど。
「他には?」
半眼になって促すと、オウガはその場に正座した状態で続けた。
「それの前に、ウェスタニア王国の第二王妃に『魔王の眼』と『主従の指輪』を与えました……」
「それもアンタだったの?」
思わず語調が荒くなる。
コイツのせいで、ウェスタニア王国はどれだけ大変だったことか。
ジークの母である王妃殿下に至っては、『魔王の眼』による呪いのせいで死にかけたのだ。
「た、大変申し訳ない……」
しゅんと項垂れるオウガに、私は溜め息を吐いた。
果たしてオウガのやったことは、彼の意に沿っていたのだろうか。
彼の目的は『聖女が現れないようにする事』だった。
現れない、つまり、覚醒しないという事だろう。
そもそも、本来この世界の聖女となるべき存在はシルヴィだった。
ゲーム上で彼女が聖女として覚醒するのは、どのキャラでもノーマルエンド以上である。逆に言うと覚醒しないルートは全キャラのバッドエンドのみ、つまり五つのパターンだ。
もしも彼がしたという占いが、そのいずれかに導こうとするものだったとしたら。
オウガから『魔王の眼』を与えられたエリザは、それをベルフェール公爵に託した。それはミルマの手に渡り、結果として王妃殿下が呪われた。
もしもあのまま王妃殿下が助からなければ、エリザが正妃となってルイスが王位を継ぎ、ベルフェール公爵に逆らえずミルマと結婚していただろう。
この場合、ヒロインがジークとルイスのルート、どちらに進んでいたとしてもバッドエンドである。
何故なら、ジークルートである場合、彼が王にならないのはバッドエンドのみだからだ。
そしてルイスルートのバッドエンドは、婚約者争いに敗れ、ミルマがルイスと結婚してしまい、ヒロインは聖女にもなれずにひっそりと暮らすというもの。
余談だけど、悪役令嬢レリアはヒロインに嫌がらせをし過ぎて、バッドエンドの場合でも攻略対象とは結ばれないのよね。
『魔王の眼』によってゲームのメインルートによる聖女覚醒を阻止したとしたら、次に考えられるのはサブルートでの聖女覚醒の阻止だ。
そこで考えられるのは、サブルートのキャラクターの性格だ。
この世界のディアスは最初からシスコンでロリコンのヤンデレだったから、ヒロインがディアス攻略ルートに進んだとしても、ハッピーエンドになる可能性は限りなく低い。つまり攻略難易度が一番高く、最もバッドエンドになりやすい。
占いはそこへ誘導しようとしたのではないだろうか。
ディアスに『願いを叶える羽ペン』を与えれば、間違いなく溺愛する妹に使うだろう。
占いがどこまで先読みしていたのかはわからないが、結果、ディアスは『願いを叶える羽ペン』を使用して失敗、私の魂がこの世界に引き寄せられた。
そのために、レリアの身体に膨大な魔力が宿り、浄化魔術さえ扱えるようになってしまった。
ゲームの設定では、聖女はこの世界にたった一人しか存在しない、浄化魔術を扱える女性を指す。
ディアスルートのバッドエンドに導けなかった場合でも、もしもオウガの占いが、『|本来聖女になるはずの少女が聖女として覚醒しないようにするには』という視点で未来を見ていたのだとすれば、ディアスに『願いを叶える羽ペン』を与えた事で、結果的にシルヴィは聖女として覚醒しなかったのだから、ある意味意に沿っていた事になるのではないか。
ただ、誤算として、悪役令嬢である私が、代わりに聖女になってしまっただけのこと。
「ねぇ、その占いってどの程度信用できるの?」
「それは……エビィに聞いてくれ」
彼の言葉に反応したのか、さっとその場に犬のような見た目の魔物が現れた。
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