第三章 道標(2)
目を開けると、ジークの心配そうな顔が目の前にあった。
「レリア! 大丈夫か?」
「ジーク……私、どうしたの?」
「竜人族を狙って張ってあった罠魔術を踏んだらしい。すぐにセインが気付いて解除魔術を掛けたが、相殺された魔力の反動で気を失ったんだ」
私を抱き抱えた状態のジークと、それをやや不満そうに見ているルイス。
すぐに解除魔術を掛けた、と説明されて得意顔のセイン。
私はジークの手を借りて起き上がった。
「そうだったの……どれくらい気を失っていたの?」
「ほんの一分程度だ。すぐ回復魔術も掛けたら罠の影響は残っていないと思うが、違和感はないか?」
「うん、大丈夫みたい。ありがとう」
実際身体に違和感はない。
あの夢でレリアと十分くらいは対話していた気がするが、実際の時間とは乖離があるようだ。
「レリア様!」
と、そこへサーシャが猛スピードで走って来た。
ずざざざ、と土埃を上げて停止し、私を見てほっと息を吐く。
「サーシャ、そんな血相変えてどうしたの?」
「遮蔽魔術を掛けられていたはずなのに、急にレリア様の匂いがしたものですから、何事かと」
私が遮蔽魔術を解除してミュナの前に飛び出した時点で、異変に気が付いたというのか。
「相変わらず優秀で助かるわ」
ボーナスの額を上乗せしないといけないな、と内心で思う。
と、そこへ馬で駆けて来たアーネストが追いついて来た。
というか、馬より速いって、獣人の脚力は本当にどうなっているんだろう。
「良かった。全員揃ってますね。サーシャ殿が急に馬から飛び降りて走り出すもんだから、こっちはビックリしましたよ」
「……私は、森の中を私とほぼ変わらない速さで馬を走らせたアーネスト様の技術に感嘆いたしました
サーシャが他人を褒めるのは珍しい。
確かに、木が密集している森の中を馬で駆けるにはそれなりの技術が必要だ。まだ慣れていない馬なら尚更である。
国王直属の騎士団長の地位は伊達じゃなかったのね。チャラいけど。
「それより、どうされたのです?」
「ああ、ジークとルイスが喧嘩したのを見て、このミュナが敵襲だと勘違いして混沌竜を召喚して……ああっ! そうだったわ! 混沌竜! 早く何とかしないと……」
サーシャに事情を説明している最中に、緊急事態であることを思い出した。
すぐにでも飛び出そうとする私の手首を、ジークが掴む。
「待て! 混沌竜だぞ! 無策で臨んで良い相手じゃない!」
「でも、放ってはおけないわよ!」
「だからって突撃してお前に何かあったらどうするんだ!」
ジークが本気で私の身を案じてくれているのがわかる。
それだけ、混沌竜が強敵であるということだ。
ふと、ミュナのことを思い出した。彼女はジークに一目惚れしたのではなかったか。
惚れた相手が、目の前で別の相手と良い雰囲気になっていたら、流石にショックを受けるはずだ。
ミュナを見ると、赤くなった頬を両手で押さえている。
傷付いている風には見えないが、どういう感情だろう。
「……っ! とにかく、混沌竜が向かった先へ行こう!」
はっとなったミュナが声を掛け、一同が頷く。
いずれにしても、この森にいたところで何も解決はしないのだ。
「……飛翔魔術で一気にアヴェンドールまで行くぞ。アーネストとサーシャはセインが連れて来い。俺とルイスで攻撃をいつでも撃てるようにしておく。セインは常に周囲を警戒、必要があれば防御魔術を展開しろ」
的確に指示を出すジーク。ルイスとセインが頷いて飛翔魔術を唱える。
竜人族のミュナも魔術は一通り使えるらしく、飛翔魔術を唱えて軽々と宙に舞い上がっていく。
混沌竜が通った空は、禍々しい魔力の残滓が残っていて、あれが何処に向かったのかは、魔力を感知できる魔術師にとってみれば一目瞭然だった。
それを辿って飛ぶと、程なくしてアヴェンドール王国の国境が見えてきた。
空から見て、それはすぐにわかった。
薄橙色の石が積み上げられてできた高い壁が、森の中に聳えているのだ。
それはずっと向こうまで続いている。
「……ん?」
今、真っ赤な何かがアヴェンドール王国の方まで飛んでいったように見えた。
速すぎて良く見えなかったが、気のせいだろうか。まるで彗星のようだった。
そう思った直後、国境に近付いたので、一旦皆がその場に止まった。
壁の高さは五メートルはあるだろうか。地上にいればアヴェンドール側の様子はとても覗けそうにないだろうが、飛翔魔術を使っている今、壁の向こう側まで余裕で見渡せる。
そして、その状態を見て、息を呑んだ。
「……っ!」
壁の向こうの一部が、焼け野原になっていた。その更に向こうに、あの混沌竜がいる。
「どうする? 迂闊に近付けばこちらがやられ……」
ジークが言いかけたその刹那、とんでもない轟音が響き、混沌竜がどさりと倒れた。
「……は?」
信じ難いが、とりあえずアヴェンドール王国の危機は倒されたらしい。
「一体、何がどうなったんだ?」
「さぁ、私にもさっぱり……」
「でも、このどさくさに紛れて、国境を超えるのはありじゃないかな?」
ジーク、セインが愕然とする中、ルイスが少し先にある関所の方を指差す。
そこには、大勢のアヴェンドール人が殺到して、国外へ脱出しようとしている様子が伺えた。
しかし、関所の兵士に止められているようで、上空から見ても場が混乱しているのがわかる。
「確かに、あれだけ混乱していたら、忍び込むのも簡単そうね」
「……国境そのものに防御魔術や結界魔術は張ってないみたいですしね。このまま遮蔽魔術を保って行けば悟られずに済みそうです」
国境の上空を目を凝らして見たセインが頷く。
そもそも混沌竜が侵入している時点で、今現在防御魔術も結界魔術も機能していない事は明白だ。
多分だけど、混沌竜という強力な魔物が通った事で、破られてしまったんだろうなと漠然と思った。あれは生きる兵器のような存在なのだ。
「……とにかく謎が多い国です。警戒しながら行きましょう」
セインが促し、私はミュナを振り返った。
「ミュナ、私達は調査しなければならないことがあるから進むけど、混沌竜が倒された以上貴方にもう責任はないと思うわ。帰りたかったら帰っても良いのよ」
そう諭すと、彼女は首を横に振った。
「いや、アタシも行くのだ。混沌竜を倒せるような人間がいるとしたら、アタシ達の脅威にもなるからな……調べられるうちに調べておきたい」
「それはそうでしょうね。では、皆で行きましょう」
納得した様子のセインが頷き、彼の先導で国境の壁を越え、着地はせずに混沌竜が暴れた後を辿る形で進んだ。
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