第三章 道標(1)
真っ暗な闇の中。
ああ、久しぶりだなと、漠然と悟った。
此処は、本物のレリアと会話していた夢の中だ。
その証拠に、此処にいる私は前世の姿、黒髪にさえない眼鏡のアラサー女だ。
レリアが、前世の私の身体に入ったと言っていたのを最後に、この夢は見ていなかったのだが。
「……もしかして、レリアが私の身体に飽きて、また身体を返せなんて言うんじゃ……?」
思わず呟いた時、目の前の闇が揺らぎ、銀髪の美少女、レリアが姿を現した。
「久しぶりね!」
まるで友人に会うかのように、彼女はにこやかに手を振って来る。
「久しぶり。どうかしたの?」
「別にどうもしないわ。アンタの部屋にあったゲームが、私が生まれた世界を舞台にしていたから、それについてちょっと話しておこうと思っただけ」
その発言に流石に驚く。
私の前世の世界に行ったレリアが、私の部屋であのゲームを見つける事は考えたが、まさかプレイするとは。
「あのゲームをプレイしたの?」
「当たり前じゃない! まぁ、私が暗殺者って設定がなかったり、色々不満はあったけど、まぁまぁ楽しめたわ」
「あっそう……」
レリアはかなり自由だ。私の身体で、本当に上手いこと生きていてくれているのだろうか。
私の姿で破天荒なことをしていなければ良いけど、まぁもう私があの人生に戻ることはないだろうから良いか。
「それで、アンタのセーブデータは隠しステージに行く前で止まっていたでしょう? 隠しステージのシナリオについて教えてあげようと思って」
「えっ! 隠しステージまで行ったの?」
「勿論全クリ済みよ! ちなみに、隠しキャラのオウガ様が私の推しキャラよ!」
ふん、と鼻息荒く語るレリアに、私は前世の自分を客観的に見ているような複雑な気持ちになる。
「オウガ、ね……名前だけは攻略サイトで見たな」
その姿はシルエットになってしまっていたので、残念ながらわからないが、体格が良い長髪のキャラのようだ、というのは何となく察していた。
と、レリアは流れるように隠しステージについて語り出した。
「オウガ様攻略の隠しステージに行くには、全キャラでハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドを網羅しないといけないから、そっちの世界では無理かもね」
レリアの話を要約すると、隠しルートは攻略キャラ全員、つまりメインルートのジークとルイス、サブルートのセインとアーネストとディアスの五人全員の、全てのエンディングを網羅するという条件を達成することで、ゲームのスタート画面に隠しルートのスタートボタンが表示され、そこからゲームを開始すれば、またあの舞踏会の日から別のルートがスタートする、という仕様らしい。
全員の全エンディングを網羅するなど、ゲームのように時間軸が戻ることはない今のこの世界では実現不可能である。
この世界はゲームの中のようだが、実際のゲームのようにリセットボタンがある訳でも、セーブしなければセーブしたところからやり直しになる訳でもなく、時間は普通に流れ、戻らないのだ。
ちなみに現状のヒロインは、結婚まではしていないにしてもディアスとよろしくやっているはず。
っていうかシルヴィはもう私の幼児期の姿になっているので、もうこの世界にヒロインはほぼ存在していないと考えても良い気がする。
この状況で隠しルートがスタートするとは到底思えない。
「……で、そのオウガってキャラクターの情報を教えてほしいんだけど」
尋ねると、レリアは興奮気味に語ってくれた。
「オウガ様は魔族帝国の皇帝、筋骨隆々の傲岸不遜な超俺様キャラ! 黒髪緋眼、最強なのにどこか寂し気な表情がもう堪らないのっ!」
筋骨隆々、ね。
そういえば、十七歳以前のレリアの記憶には、筋肉にときめくという性癖があったな。
今の私になってから、趣味趣向が変わったのだと思ってあまり深く考えていなかったが、本物のレリアは筋肉フェチか。
「隠しステージのシナリオだと、舞踏会の後、ヒロインが帰宅中に魔族に攫われて、魔族の城に連れて行かれるんだけど、そこでオウガ様と出逢って、恋に発展するって流れだったわ」
既にあの舞踏会から何日も経過しているが、少なくとも私が旅に出るまでの間で、魔族が街中に現れたという話は聞いていない。
万が一魔族が王都の街に入り込めば、セインの張っている結界に引っ掛かって大騒ぎになるはずだ。それがなかったのだから、魔族の侵入など無かったと考えて良いだろう。
「……まぁ、今の私にはアンタが誰とどうなろうが全然関係ないから良いけど! でも、万が一アンタがオウガ様とハッピーエンドを迎えるなら、その身体、返してもらうからね!」
びしっと私を指差して理不尽な宣言をすると、彼女は闇に溶けて消えていった。
「魔族の皇帝なんて、何が何でも願い下げだから安心してよ」
思わず遠い目になって呟いた瞬間、私は闇から放り出された。
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